暫く療養と入院、更に手術をしまして映画ブログは更新を怠っておりました。作品は鑑賞してますので、徐々に復帰させていただきます。今後共、よろしくおねがいします。


by turtoone
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カテゴリ:映画(は行)( 72 )

b0046687_1827075.jpg1930年代の後半、イギリスはロンドンという設定だけで、筆者には是が非でも観なくてはてけない1本である。しかも、ウエストエンド地区ソーホーに実在するウィンドミル(風車)劇場復興の物語と聞けば捨て置くわけにはいかない内容である。この作品自体は昨年末の公開で、でも劇場鑑賞したのは今年になってからではなかったか。ジュディ・デンチが主演ということもありこのテーマなら、思いっきりコメディになってしまうのではないかと危惧したが、思いっきりコメディまではいかなくても、イギリス映画らしいテイストで中々納まるところに納まってくれた観がある。最近では「2本に1本」という確率高い、できそこないのハリウッド作品と比べて、イギリス映画は絶好調ではないか。

親友の「何でも好きなものを」という忠告から劇場を買ってしまったり、自分で飛行機を操縦してフランスまで飛んでいってしまったりと、この時代にすごい老未亡人である。この辺りが同じ貴族社会のあったヨーロッパでもイギリスが抜きん出ている部分だし、同じ島国同士でも、小金持ちしかいない我国とも全然スケールの違う話である。ただ、同じなのは、「○○候の奥方」というのは、相当な知識と教養と決断力を持った才媛だったようで、それはフランスやわが国とも一致する。既に、この時代にもうイギリスでは女性の時代が始まっていたといえよう。流石に「女王陛下」のお国柄である。それにまた、ジュディ・デンチにしか出来ないようなこの役柄も作品を終始引っ張っていた。ジュディが凄いのか、役柄が凄いのか、両方凄いんだろうと納得する。

物語は全編にわたり、ローラ・ヘンダーソンの思考感覚の痛快さに脱帽してしまう。また、人を見る目も鋭く、最初にヴァンダム氏にあったときから彼の才能と素性のでも見破ってしまうのだが、この作品の年代設定から、終盤には色々このあたりが絡んでくるというのも、先に鑑賞者に手の内を明かしてしまうという脚本も見事。こんなコメディ感覚の溢れる近代史ものは大歓迎である。また俳優が良い。特に、相手役のボブ・ホプキンスと、劇場花形スターのモー・リーンを演じるケリー・ライリー。ボブはどうしても「モナリザ」を、ケリーは「ロシアン・ドールズ」を思い出してしまうが、この作品をより幅の広いものにしたのはこのふたりである。

美術や音楽は合格点というところ? もっと凝って欲しかったと思ったのは筆者だけだろうか。特にイギリス作品で「劇場」物は多く、だから随分と見慣れた大きさであり、その辺りの工夫も欲しかったと思う。舞台が主題の作品であるのに、その辺りの演出は、「ネバーランド」 や「華麗なの恋の舞台で」などにも負けてしまっていたのが残念。しかしながら、こういう作品は同じ脚本があってもハリウッドでは作れないのは、やはり「貴族式」とでもいう英国ならではのテイストなのであろうか。


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by turtoone | 2007-12-07 02:30 | 映画(は行)
b0046687_23343626.jpg1944年第二次世界大戦禍、ナチスの占領下にあった「オランダ」が舞台の作品を、オランダ人監督の、ポール・ヴァーホーベン、オランダの女優、カリス・ファン・ハウテンの主演で、オランダ・ドイツ・イギリス・ベルギーの4国合作で製作された期待の作品である。

ポール・ヴァーホーベンといえば、「ロボコップ」、「トータル・リコール」や「スターシップ・トゥルーパー」で、確かに「氷の微笑」などもあるが、前者の様な作品以外は、超不評作品となった「ショーガール」などもある意味代表的で、果たしてこういう社会派テーマをどの程度扱えるかというのが、公開前からの期待であった。ただ、単館上映でしかも短期が多く、筆者も2回目を鑑賞しようと思ったときには既に東京では上映していなかった。そこでDVDの発売を只管待ち望んでいたのである。

戦後60年以上経って、今尚、この問題が取り上げ作品化されるということに、極東に生まれた筆者にはどうにもピンと来ないのが実際である。しかし、翻って、では、わが国がやって来たことについて言えば、やはり同じような立場から、歴史の事実を風化させたくないという近隣の事情を理解できないでは済まされない。そういう意味で全世界的にナチスはその象徴を未だ背負っているが、同時にこれは全人類への警鐘である。オランダという国は王国であり、また民度の高い国で、国民の力強い国である。しかし、この国はその歴史が示すように、人間同士の戦いの前に大自然との戦いが今も続いている国である。ヨーロッパの各国が、自然を支配しようと考える中で、このオランダは共生の道を考えて来た。いや、考えたのではなく、それしか方法が無かったのである。だから、人間同士の戦いは二の次になってしまい、結果、一時期は世界の海を支配するほどの航海技術と政治力を持っていたが、18世紀末のフランス革命の影響以降は、中々、国家を取り巻く環境は複雑・混沌としていた歴史を持っている。また、この作品とは直接関係ないが、第二次世界大戦で日蘭は戦争状態にあった。日本はオランダが植民地支配していたインドネシア(当時は東インド)を侵略、オランダ軍は降伏した。日本軍は捕虜の中から女性を強制連行し従軍慰安婦としたという所謂「白馬事件」も起こり、結果、戦後日本は1000万ドル(1956年当時36億円)を支払っている。しかし、そもそもオランダの参戦はアメリカの抗日戦争勃発に呼応するもので、戦争を仕掛けたのはオランダの方であるから、ナチスの占領とは可也意味合いが違う。

ナチスを取り扱った作品は多く、筆者もこのテーマは前述のように「ピンと来ない」と言いながらも、殆ど鑑賞しているし、「シンドラーのリスト」に関しては、筆者の映画採点でも最高得点を獲得している。この作品もストーリー的に衝撃的なものは何もなく、今まで色々と証言されてきたことの集大成のようにうまく纏めてある。だが、それ以上にこの作品が、こと「映画」として価値があるのはなんといっても、カリス・ファン・ハウテンを「綺麗に」撮っていることである。女優を綺麗に取るというのは、映画の原点であると、筆者は常々言っているが、この作品はこのことに尽きるし、それがナチスを扱った作品の中で実現したという点も大きな魅力である。この監督は確かに「氷の微笑」などで、女優の妖艶さは随分撮ってきた。「ショーガール」もあるダークな部分の美しさは撮っていた。しかし、この作品は違う。このカリス・ファン・ハウテンは、映画の王道としての美しい女優を撮り尽した素晴らしい作品である。これがオランダ監督、オランダ女優によるものというところが大きい。

ナチスとユダヤのことは兎も角も、是非これからも美しい女優を撮り続けて欲しいと願うのである。


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by turtoone | 2007-10-27 23:35 | 映画(は行)

ボビー ~新作DVD~

b0046687_12541044.jpgロバート・ケネディだけでなく、ケネディ一族を取り巻く憶測や因縁めいた部分は謎が多い。筆者は米国民ではないからその辺りのことは良く分からないが、恐らくジョン・F・ケネディというのは優秀且つ、大衆に正義なる人物に最終的には写ったのだと思う。今でも、アメリカの大統領というと、JFKはジョージ・ワシントンやリンカーンと並んで人気と知名度が高い。しかし、それは残念ながら、彼の最期がああいう形だったからだということも言える。

ロバート・ケネディは、1925年に第7子として誕生した。兄、JFKと比べると8歳年下である。ケネディ家はマサチューセッツ州ブルックラインで、アイルランド系移民の子孫。株取引(大恐慌の際、株の空売りで巨利)や禁酒法時代に密造酒の製造で大儲けをし、マフィアとの関係が深かった投資家のジョセフ・P・ケネディ・シニアが当主であり、この様な家柄から、ケネディ家は非常に富裕な家柄で華やかなイメージが強いが、一方で常にマフィアなどの犯罪組織との関係がついてまわり、それに伴いケネディに対しても陰のイメージが付き纏っていた。ロバートはハーバードから海軍入りしたが成績が今ひとつでロースクール入りはできず、ヴァージニア大学ロースクールから法学位を取得した。法律に対する倫理観は幼いころから強いものがあった。卒業後、すぐに兄ジョンの上院議員選のマネージャーになった。その後法廷弁護士を経て、1959年には兄の大統領出馬支援のため、すべての公職を退いた。

ケネディ大統領誕生後はすぐに司法長官に任ぜられ、ケネディ政権中は重要な役割を果たし、組織犯罪の撲滅に尽力、大労働組合などでの不正を徹底的に追求した。ケネディ兄弟が直面した重要問題の中には、1961年のキューバでのピッグズ湾事件、その18ヶ月後に発生したキューバ危機、ベトナム戦争における軍事行動の段階的拡大、公民権運動の拡大と報復的暴力が挙げられる。又、これもひとつ謎として扱われる、FBIがマーティン・ルーサー・キングを盗聴する許可を司法長官に要求したことは確実であるが、ロバートが直接、その許可を与えたかは定かでない。

さらにロバートは当時アメリカで大きな問題となりつつあった人種問題にも積極的に関与した。特に、1962年9月、黒人学生ジェームズ・メレディスがミシシッピ州立大学に人種を理由に入学拒否される、いわゆるメレディス事件が起きたとき、ロバートはミシシッピ州知事ロス・バーネットや大学当局者の説得に当たった。また、1963年にアラバマ州立大学への二人の黒人学生の入学をめぐる問題では、アラバマ州知事ジョージ・ウォレスに対し、二人の入学を妨害しないよう電話で説得した。このときのやり取りはテレビでも放送されたが、あくまでも黒人学生の入学を阻止しようとするウォレスに対し、「それでもあなたはアメリカの市民か!」と怒鳴りつけた。

こうして改めて彼の経歴を探ると、この兄弟が政治の中心にいた時代、アメリカは内外部から今までの歪みが一気に噴出した時代であった。逆に言えば、ケネディという個性の強い大統領とその弟が登場したから、この歪みが前面に露呈したという言い方も出来る。JFK暗殺後のジョンソン政権時代、決して仲が良くなかった彼の後押しを得て、ボビーは副大統領を諦め、ニューヨーク州の上院議員選に立ち、共和党候補を破った。1968年に3月に民主党の指名を獲得すると、4月4日のキング牧師暗殺の日にも、警察や周囲の反対を押し切って演説した。そして、運命の日、6月5日最大の州カリフォルニアの予備選を勝利した直後のアンバサダホテルが舞台となるところまでが、筆者の知っているホビーに対する知識のすべてであった。

この作品で特に印象が強かったのは、ボビー本人でなく、あの日あの場所に居合わせた人を追った構成が見事であるのだが、それは、同時に、アメリカは大統領でなくひとりひとりの国民で支えていくのだという強い主張を感じるのである。ホテルというのは様々な人間が、それぞれの欲求と思惑を満たす場である。ゲストもスタッフもそれは同じで、ゲストは、その瞬間の最上を満喫することにより喜びを感じる。スタッフは対価という以上に、サービスでゲストを喜ばせ、寛いでもらうことにその労働としての喜びを感じる。勿論、どちらも人間だし、たまたまその瞬間居合わせたことによって、ゲストとスタッフという立場であるが、人間社会、特に、アメリカという合衆国ならではの複雑な社会は、この立場が時によって移り行くということも、それぞれのエピソードで見事に表現している。

この作品にある通り、アメリカ国民のひとりひとりがもっと強い意志を持って欲しいと思うのだが、それはわが国も同じであるか・・・。


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by turtoone | 2007-10-06 23:54 | 映画(は行)
b0046687_2223383.jpg本作品の着眼点の良さは、「赤穂浪士」と「花見の仇討ち」という、方や芝居や講談という本流のものと、もう片方は落語という日本の文芸の両極端に位置するものを合致させ、且つ、相対的に皮肉っているところである。しかも何を皮肉っているのかというのが、出演人物のひとりひとりに於いて様々である点が、この作品を「何度でも観たくさせる」所以である。当然のことながら、こういう作品に関しての筆者の評価は、どこの国の映画であろうが高い。

映画が総合芸術である限り、邦画というのは、日本の文芸ルーツが組み込まれているのは当然のことであるが、この国の映画作りはどちらかというと、イタリア映画に感覚が近く、社会風刺というものを全面に出した方がインテリジェンスが高いのではないかと長いこと勘違いをされて来た。しかし、最近、特に東西が合併してから以降のドイツ映画作品を観るとわかるように、あの国の作品でとえ、多分それまでには「糞の」役にも立たない「ユーモア」なんてものを少しずつ取り入れるようになって来た。特にドイツの場合は、終戦60年を経て、国全体が大きく変わろう、新しい方向性を持とうとしている中で、この映画という人々に程近い大衆芸能がその役割を機能させようというしている。素晴らしいことだ。

「赤穂浪士」という講談と、「花見の仇討ち」という落語は相容れられるものでは無い。講談というのが「四十七士」という成功者を称える一方で、落語という文化は、その四十七人に入れなかった人たちを描くものであるからだ。人間の業を描いている、それが落語であるからだ。そして、普通の人間はみな、はっつぁん、くまさんみたいもので、四十七人になるような人は特別な人だと、その逃げる環境になる人間の業を肯定しているからである。だから落語は面白いのである。この映画作品は、直結しないまでも、それを同軸で扱った。その試みには大きな賞賛を送りたいし、これぞ「邦画」でないと為しえない文化の極致であるとも言える。決して褒めすぎではない。勿論、時代考証の無理はある。「花見の仇討ち」は、「赤穂浪士」よりももう少し後の時代(飛鳥山に花見に行くようになってからの時代)であるが、その辺りはそんなに細かい指摘は必要ない。ただ、時代考証のことをいえば、江戸時代という括りが大き過ぎて、たとえば長屋の場所とか、武家屋敷の子供たちの衣装にはかなり時代錯誤があったが、まぁその辺りも、歴史教材を作っている訳ではないから良いことにしたい。(これがハリウッド作品だと、もっと突っ込みますけれど、予算が違いますから・・・)

また、岡田准一、宮沢りえを筆頭に、配役が素晴らしかった。特に岡田クンは、このブログがまだ映画専用でなかった頃にも国営放送の歴史物で褒め称えたが、どんな歴史上の人物もできる、特に、ちょん髷の似合う俳優だ。飛鳥時代から江戸時代まで、すべての時代の主役をなんの違和感もなくこなせる俳優はそんなにたくさんいないと思う。そして、宮沢りえは更にすごくて、これは彼女の天性のものなのだろうが、彼女は相手役に相当する年齢にいつでも代わってしまえることだ。「たそがれ清兵衛」では、真田と同じ年代に、「阿修羅城」では染五郎の年代に、そして、今回は相手役である岡田クンに合った年に変わってしまう。これは彼女がヒロインとし天から授かった資質であろう。作品を選ぶのも慎重な俳優さんらしいが、もっとたくさんの作品に出て欲しい。安心して観ていられる女優のひとりになって来たと思う。

皆がはまり役であったがひとりだけ、加瀬亮の演じたそで吉だけは、オダギリ・ジョーをキャスティングして欲しかった。加瀬が物足りないとは言わないが、まだ、この役、特に、おりょうとの絡みの台詞では存在感を残せなかったし、特に香川には完全に食われてしまった。桃色の着物といい、やはりこの役はオダギリが良かったと思う。是枝監督だから、「カクト」や「誰も知らない」からの付き合いなのかもしれないし、それにここにオダギリを使ったら「ゆれる」 と変わらなくなってしまうのかもしれないのか、監督も色々大変なんだなと納得している。

ただ、この作品は久々に観たが、やはり本当に評価か高い。そして、時代考証の整理とオダギリを使っていればA作品になれたのにと残念がっている。


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by turtoone | 2007-09-27 23:48 | 映画(は行)
b0046687_18564450.jpg
TDR(別に東京に限らなく全世界にあるディズニーランド)のアトラクション「カリブの海賊」を始めて体験した時に一体だれがこの超大作シリーズを想像できただろうか。「ID4」の超大型宇宙船をある朝、空一杯の雲からイメージできたローランド・エメリッヒの様に、この世界は新しいことを想像できる者は大成功する。パリレーツの最新作は、1作目とも2作目とも違う、そんな映画界に生きる人間の限りない想像と創造の底力を十二分に味わえた作品だった。

正直、ジョニ・デのコスチュームやキャラに圧倒された第1作。テーマパークのアトラクションの様に次々と展開し、しかも笑いの取れた第2作と、それぞれがシリーズ物には違いないが、一方でそれぞれのテーマと方向性を煮詰めた製作された期待の最新作は、前2作とも違う、「海賊とその世界」に只管拘った製作コンセプトを持っていた。しかも、流石にディズニーだと思うのは、それを娯楽大作としてこなしてしまうところであろう。特に、映画ファンになら誰もが思い出してしまう他の作品との意味のない連繋、沢山出てくる幻影のジャック・スパロウとウンパ・ルンパ、海賊の親分の集合はジェダイの会議(残念ながらヨーダがいないが)の様だし、一番ディズニーっぽかったのは、カリプソの変身。あれはどうみたって実写版「リトル・マーメード」であり、「真実の愛など無い」なんて叫ぶのかと思った。そして蟹になってしまった時、やっと、ああそうか、死の世界で舟を動かしたのは誰だったのかが分るし、ターナー父の台詞で、結末は見えてしまうんだが、妙に冒頭のコインを落とした少年が引っ掛かって、この連繋は何なのだろうと悩んでいる内に、次のシーンへと。2作目のエンドロールの後のシーンも引っ掛かっていたら、一番いいときに出てきましたなあのわんこは。それと、今回安心して観られた要素はなんといっても、バルボッサでしょう。筆者がジェフリー・ラッシュ好き(勿論ジョニデも)というのもあるけれど、なんと、味方としてこれだけ心強い男っていない。又、ディヴィ・シ゜ョーンズがなんとも前作と違って可哀想に思えたのは筆者だけか。(いや、実は前作も気持ち悪いと思っただけで憎らしいとは思えなかった。) そう、怪物が退治されるシーンはなかったけれど、前述したカリプソのシーンで思い出した「リトル・マーメード」のアースラーの様に退治されたんだなぁと、同じ蛸だか烏賊だか分らない化け物だけに妙に後から納得したり。実に良く出来ている作品である。

そして、少しだけだが、資本主義へ移行する世界の動向を皮肉っている。東インド会社は世界で最初の株式会社であることは世界史を習った人間なら誰でも知っている。当時の流通業として海運が経済と国家の存亡に大きなキャスティングボードを握っていたこともしかりである。銃や刀や武器だけの戦争は既に終わっていて、紀元前に領土を拡大するために侵略が行われた方法がそろばんに変わっただけで、人間の欲というのは相変わらず変わらないものである。そんな欧米民族の限が無い征服欲から比べると、海賊なんていう存在はとても可愛くて、ずっと人間的で、また愛らしい。「掟」があり「掟」から外れないことがどれだけ大事なことか。海賊から学び、現代の資本主義社会、文明社会を反省ことは多い。しかし、それを前面に押し出しているのでなく、あくまでも「大衆娯楽作品」として、風刺しているところがこの作品の価値なのである。

サブタイトルによるとこれが最終作品なのだろうか。冒頭に書いたが、筆者にもっと創造力があれば、これだけのドル箱作品をみすみす終わりにしてはならないので企画提案したいのだが・・・。キース・リチャード(いや~泣けましたね。ジョニ・デが最初に役作りの時、彼をイメージしたというが、まさか本当に出てくるとは・・・ギターも爪弾いてしました、感激です)も出てきたことだし、ジャック・スパロウの父の時代の海賊モノって絶対アリだと思うんだが。


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by turtoone | 2007-05-28 01:27 | 映画(は行)
b0046687_22232642.jpg世間は黄金週間であるが、やりかけの仕事が山積しており、例年のように遠出をすることも出来ないし、それどころか日中2時間纏まった時間もないので、最近観損ねたり、もう一度観たい邦画作品を友人のtrapから借りて鑑賞することにした。

この作品を鑑賞前は、結構どこにでもあるサクセスストーリーだと思っていた。常磐ハワイアンセンターというのは、まだハワイが3泊5日で59800円なんていう超格安な時代ではなく、仮に行かれたとして、滞在ビザの取得が必要だったり、ワイキキの一等地に宿泊できなくてもひとり30万円は下らなかった時代に、手軽にハワイ気分に浸れるということで注目された、わが国ではテーマバークの草分け的存在である。ただ、当時、その存在を知ってはいたが、筆者の周りでは余り、ここに行ったという話を聞いたことはなく、何故か、夏休み前にここに行くといっていた友人が、夏休みが終わっても自慢するでもなく閉口していた傾向があった。所詮、偽者は偽者で、そういう言い方をしたら失礼かもしれないが、東京ディズニーランドに行くのとは訳が違う。子供でも本物とそうでないものの違いを分けることは出来るのだと思ったのが、70年大阪万博に行ったときと、カリフォルニアのディズニーランド行ったときである。そんな体験があるから、この作品も然程興味がなかったし、俳優さんにも魅力を感じられなかった。

筆者がこの作品を敢えて観ようと思ったのは、「69」を撮った李相日監督作品だということが最近分ったからである。「69」は、ご存知村上龍の1969年全共闘佐世保事件関連の自伝作品であり、この作品を執筆から随分時間がたって現代に作品化した意気込みと、その映像センスに惚れたのである。だから、そもそもは村上の始まり、李監督、そして本作品と、その流れがなかったら絶対に鑑賞しないパターンである。前述したが、「どこにでもあるサクセスストーリー」では無い期待が生じたのであろう。この作品で注目すべきは、炭鉱と娯楽という新旧入れ替わりの町の描写を、ドキュメントぽくなく扱った部分にある。日本が自由主義国家として成熟していく中で、その基盤を支えてきたのは炭鉱である。それも世界の国々に比べてこれだけ短期間に発展から閉鎖までが興亡があった国も珍しい。それだけ日本は欧米に追いつくために国民を上げて国力のレベルアップに努めてきたのである。この映画作品を観て、こんな感想を持つ人間は殆どいないと家内にも言われるが、筆者にとってはその国策の名残が、観光に変貌していく時代の流れと、一方でその悲哀を必要以上に感じるのである。だから、この作品の中ではトヨエツに一番感情移入できたのであり、だから、この作品は邦画としては高く評価ができるのである。

もう少し、キャスティングに魅力が欲しかった。松雪や蒼井が悪い訳ではないが、少し偏屈かも知れない筆者の前述した思いに応えられる演技力をもった俳優ではないからだ。前述したように、このテーマパークは所詮、偽者。その偽者を作品内でも描写したいわけではないのだから、本物の見せ掛けで無い演技力が欲しかったという高望みかもしれない。日本という国を背負っていた炭鉱への最低限の敬意だと鑑みるからだ。


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by turtoone | 2007-05-04 22:24 | 映画(は行)

バベル

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作品タイトルが「バベル」とあって、勿論これはバベルの塔のことを指す以外に何物でもなく、その旧約聖書にある「バベルの塔」の話の内容は、アダムとイヴのエデンの園と同じくらい聖書を知らない人でも知っている話である。この作品はタイトルが「バベル」であった分、相当得をしたと思う。当たり前のことであるが映画の作品名は大事だと思う反面、昨年のオスカー作品賞「クラッシュ」と色々な意味で比べながらの鑑賞になってしまった。逆の言い方をすると前述は嫌らしい褒め言葉であり、もしタイトルが「バベル」でなかったら、一体、この作品って最終的に何が言いたかったのかという部分も消化不良で終わっていたに違いない。そう、タイトルに助けられた作品なのである。

この作品のレビューというのをネタバレしないで書くのは大変難しい。だから以後はひとりよがりな文章(いつもそうか・・・)になってしまうと思う。この作品で関心したことが幾つかあって、まずは時系列の整理である。この手の作品では多いのが、時系列の順不同である。しかし、この作品は可也前後はするものの非常に上手く纏まっていた。そのひとつの理由はまず、ひとつひとつのシーンの時間配分になるのかもしれない。ひとつひとつを然程引っ張らなかったが、逆の言い方をすると、ひとつひとつのシーンに余り重要なメッセージを残さなかったともいえる。それから、本来なら必要以上に引っ張りたくなる部分(例えば、ケイト・ブランシェットの手術のシーン)で、次のシーンに切り替えたり編集も上手だった。次にロケハンが良かった。特に、東京の街のロケハンは最高に良かった。ただ、決して偏見でなく、聾唖の人たちがああいうことを求めているのかは日本人の自分の日常としては考えられなく、一高校生の行動としても、菊地の取っている行動は理解できる範疇ではない。ロケハンの話に戻れば、モロッコやメキシコは分らないが、やはりきっとこちらも良い場所を見つけたのだと思う。同時にカメラワークも良かった。特に、射撃されたバスの中での撮影は、良くあんな狭いところで撮れたし、そうでないところで撮ったとしたら、余計にその臨場感を伝えるところは見事だった。これは、昨年の「ユナイテッド93」にも通じる。そして、もうひとつが音楽。この作品の見所として、4箇所の同時撮影というのが売り物だったが、ロケハンが良かったものの、物語としてそれを感じられるものは少なく、一番その違いを感じることができたのは音楽だ。但し、ひとつ残念なのは、東京のシーンで、日本を感じさせられる音楽ってのはないのかなぁと、ディスコティックでも古いミュージックしかかからないとは残念だ。ゲーセンのシーンでは倖田來未かなんかがかかっていても良かったのではないかと。

良かった点もあった一方で、理解できない点が多かったのも事実。特に、東京が選ばれた理由。そして、その設定も分らないし、それを無理やり結ぼうとしたことも良く理解できない。筆者の立場として、ひとつだけ接点を作って考察するとしたら、それは父親としてである。父としてそれぞれの事件を考えると、例えば猟銃を子供に持たせなければならないという境遇。年頃の娘を分ろうと努力して、しかし仕事などで実行できない現実。妻の心を癒すための旅行へ来たものの一方でふたりの子供たちをベイビーシッターに預けているのがごく普通な白人社会。それに、直接父親とは関係ないが、そのベイビーシッターが最愛の息子の結婚式出席のために仕方なく預かった子供を連れ出し国境を越えなければならない不法入国者の母。このどれもがそれぞれ今世界のあらゆる地域で起こっていて、何も、誰も疑問を持たず、日々運行している事柄である。しかし、一旦、何か事が起こってわかるように、これらは本来人間としての営みとして果たして良いことなのだろうかという疑問だ。猟銃事件もコヨーテを撃つための猟銃が人を撃ってしまうように、それは猟銃に違いはないのである。ふたりの白人の子供のベイビーシッターがしたことが本当に悪いことであろうか。その辺りの問題定義は良かったのであるが、やはり、それらを連繋させる「何か」が足りなかったために、やはりこれも、NHKスペシャル世界同時ドキュメントになってしまったのである。昨年の「クラッシュ」も、それぞれの問題定義の観点が良かったのに、これらを繋ぐ要素が希薄だった。この作品は、多分、家族がそのキーワードだったのであるが、繋ぎ方を間違えたのである。冒頭に書いた作品タイトルが、唯一、このそれぞれの物語を繋ぎとめることの出来たキーワードであり、結果的手段になってしまったのは残念だ。

「バベル」は、言語が同じだと人間は悪いことをするからと神が言語をバラバラにして分らなくしてしまい、人間は地球上のあらゆるところへ分布してしまったが、それ以降の長い年月の間で、人間は言葉だけでなく、お互いに心を合わせるということまで失ってしまった。最小単位の家族という中でさえも。と、ここまで言いたかったにしては、物語の構築が甘かった部分は顕かである。この物語の唯一の救いは、ヘリコプターのシーンでブラビが別れ際に世話になった男とのやりとりがあり、モロッコの男の態度とブラピの表情に、人間としての希望を感じるのは筆者だけでないことを願いたい。


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by turtoone | 2007-04-30 22:42 | 映画(は行)
b0046687_17492177.jpgローリング・ストーンズは、1960年代から第一線で活躍し続ける、名実共に「世界最高のロックバンド」である。この「活動し続ける」ということが特に価値のあることで、例えば、再結成をしたバンドだったり、或いは、バンドは残っていても、それぞれのメンバーが別の活動をしていて、もう5年も経つ、なんていう例のある中で、やはりストーンズは別格である。更に、もうひとつ、ストーンズは活動し続ける中でも、殆どメンバーが変わっていない。敢えていえば、オリジナル・メンバーの5人の中で、このブライアン・ジョーンズの穴を埋めただけであり、それも、ミック・テイラー、ロン・ウッドと受け継がれ、それも1975年に移籍し、既に30年以上も一緒だから、オリジナル・メンバーと言っても過言ではない。しかし、このローリング・ストーンズという名前を聞いて、ミックでも、キースでもなく、ブライアン・ジョーンズの名前をすぐに脳裏に浮かべる人というのは相当な音楽通である。(筆者は自分でいうのも可笑しいがそのひとり) この作品でも一部描かれているように、ストーンズの初期の音楽と、同時に、彼等が第一線まで上ってこれたのは、ブライアン無しでは全く考えられなかったことであるから。

ブライアン・ジョーンズの変死因は、1969年以降、長いことドラックよる自殺だと言われて来たが、ブライアンと交流のあった建築業者フランク・サラグッドが1993年の死の床で殺害を認め、さらに、当時人工呼吸を試みたスウェーデン人のガールフレンド、アンナ・ウォーリンが2000年にサラグッドの殺害を主張したことを受けて、今回の映画作品化に繋がった。この映画作品はその殺害に至るまでのブライアンのプライベートを中心に、ストーンズ創生時代の回顧シーンを織り込んで製作されているが、いまひとつ残念なのは、音楽才能溢れるブライアンの描写はたいへん少なく、酒とドラッグと女に溺れて破滅して行くところが中心にあることだ。ミュージシャンにつきものの三点主義、しかし、その犠牲の上によって作られる天才的な音楽、なんて構図はわざわざ映画作品にしなくったって大方の事は大方の人が了解済みな訳で今更である。

ストーンズの創世記は、当時のイギリスのミュージシャンの殆どがそうであったように、黒人のブルースである。デビュー曲の「カム・オン」はチャック・ベリーのカバー曲であることも有名だ。しかし、ストーンズが他のグループとは違い、例えば取り訳同時代の超ヒットメーカー、白人なのに黒人の様に歌うと評されたプレスリーや、ブルースもそのひとつとして様々な音楽を取り入れたものの最終的にはアングロ・サクソンの域に留まったビートルズと違い、完全に黒人になりきったところにあり、それが現在でも黒人ミュージャンに敬意を表される数少ないバンドでもある訳だ。そして、その黒人音楽の可能性を更に広げていった側面を担っているのがブライアンの一際高い音楽性であった。特に、楽器に対しての執着は強く、ギターやスライドギターだけでなく、ハーモニカ、ピアノはもとより、シタール、ダルシマー、メロトロン、木琴、マリンバ、リコーダー、クラリネットといった多彩な楽器の演奏に現れた。そして、面白いことに、このブライアンの音楽への探求というのが、ブルースという音楽法則の中で、キース・リチャードのリズムギターと、チャリー・ワッツのドラムというリズムの核に繋がった。それが、前述した、後々のメンバーはブライアンの後釜で補強することで事なきを得た部分で済んだのである。ミック・テイラーにしても、ロン・ウッドにしても、何れもリード・ギターでありながら、このポストが変わったとしても、ストーンズに大きな音楽性の変化がなかったのは、ブライアンによって作り上げられた磐石のストーンズ基礎が揺らぐことがなく、今日まで続いていると言える。更に言えば、ブライアンの後ストーンズの看板を背負ったのは、キースでなく、ミック・ジャガーであったということも大きい。磐石の音楽基礎はそのまま、その上にエンタメ性を積んでいったのが、1970年代以降のストーンズである(勿論、看板はミックであるが、根底はキースが守っていた)。このエンタメ性は、解散したビートルズの後継を担うことにも繋がった。これがポピュラーミュージックの中心に君臨するストーンズを作り上げたのである。

映画作品としては、そんなに面白い作品ではないが、今、創生期のストーンズを扱ってくれたことは一音楽ファンとしは大変有り難いことだと思った。ストーンズイコールブライアンだとしても、そろそろ筆者の中でも忘れかけていた訳で、そういう意味では、この作品を観て、恐らく20年ぶりくらいにストーンズのファースト・アルバム「The Rolling Stones(英盤)」(米盤は「England's Newest Hitmakers The Rolling Stones」)をターンテーブル(CDでも、ipodでもないぞ!!)に乗せた。この作品がなければ、この機会も当分無かったかも知れない。余談であるが、アニタ・パレンバーグに関しては、イギリス映画「パフォーマンス」で、ミック・ジャガーと共演したのは知っているが、この映画に出てくる作品に関しては良くわからない。同時に、ブライアンがこの作品音楽担当したのかも筆者には分りえず、お詳しい方がいらしたらお教え頂きたい。


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by turtoone | 2007-04-12 01:38 | 映画(は行)
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親の英才教育というと、最近、思い出すのは横峯さくらのお父さん。父娘という関係だから余計なのかもしれないが、この親にしてこの子ありって、結果論でいえば、よくここまで二人三脚で辿りついたのであると感服する。勿論、親にとって子供というものはかけがいの無い存在であるから、その考えは親によって様々であるが、わが子には色々な思いがある。そして、親が子の道をつけるという点に関しては賛否両論があるのも事実。杓子定規に行く問題ではない。但し、筆者の拙い経験で言えば、所謂、「人生の成功者」と言われる(一般的にではなく、筆者が知り合って、筆者がそう感じた)人達は、家族を大事にし、家族に誇りをもっていることが共通している。それは、ご自身の両親に対しても、また、子供、孫に対してもである。ようするに、人生に成功するということは、家族を大事にするということなのだと筆者はいつも思う。逆に、一時的に成功している人でも、家族を顧みない人間、家庭が不安定な人は、やはりその成功を維持できず終わってしまう。これはそういう傾向が高いということでなく、筆者との係わり合いでは100%「そうなの」である。

筆者はどうかと言うと、家族としては纏まっている方だと思う。しかし、この映画作品にあるような、「自分の将来」に関しては、筆者の両親は何も示したことがなかった。これを意志の尊重と思うか、親としての導きが無かったとみるかの二者択一は難しく、ただ、自分としては、もう少し後者があっても良かったのではないかと、これまでの人生を振り返りそう思う。だから、その反面教師という訳ではないが、子供たちには、逆のことをしている様に思う。ただ、このフランシスコの父親としての考えに色々良くも悪くも教えられる点は沢山あったのが、映画を観終わった後の感想である。

一つだけ言えるのはフランシスコは、子どもに何かをなしえた際に区切りをつけ、更にその区切りに喜びを与えている。これは見習うべき点である。父親とはそういう事が尊敬されるのであって、そういう行動がなければ、どんなに社会的に地位が高くても、家族からの信頼、尊敬は得られない。更に、その「喜び」を自らの喜びにしている。だから、仕事が無くて家賃が払えなくても、フランシスコは常に喜びを忘れない。そして、その父親としての「背中の教育」が、後々に、息子たちのバンドが中々陽の目をみないときでも、決して彼等が音楽を諦めることなく、今現在の成功と名声を手に入れるまでの道筋をつけたといっても良い。そう、フランシスコは最終的に子供たちを自立させたのである。これが、父親の教育であり、ここに至るまでのキーワードは継続。何事も継続が大切なのである。その軸がぶれなかった事に、同じ父親(ウチは息女ばかりであるが)として敬意を表するのである。また、フランシスコは英才教育はしていない。子供を育てるのに特に英才教育(何が英才なのかという議論はあるが、一般的に言われる英才という内容)が必要ないという例でもある。

作品のモデルになったのはブラジルで国民的な人気を誇る兄弟アーティスト、ゼゼ・ヂ・カマルゴ&ルシアーノとその家族である。ブラジルの音楽というのは正直良く分からない。筆者が知っているブラジルの音楽というのは、やはりまず、ボサノヴァであり、次にリオのカーニバルに見られるサンバである。ボサノヴァといえば、アントニオ・カルロス・ジョビンである。ただ、彼は自身のインタビューで、自分の音楽の80%はボサノヴァとは関係ないとか何とか言われていた様だ。サンバに関しても、日本人はイコール「リオのカーニバル」という誤解がある。ブラジルとアメリカと同様、黒人奴隷制政策を取って来た国であるが、音楽的に面白いと思うのは、ブラジルが黒人音楽の「打楽器」の部分を取り入れたサンバに向かったことにくらべて、アメリカは、黒人霊歌しか残っていないことである。理由は良く分からないが、プロテスタントとカトリックという宗教上の理由なのかも知れない。ゼゼ・ヂ・カマルゴ&ルシアーノの音楽ジャンルは、セルタネージョといわれる、アメリカのカントリーミュージック、日本で言えば差し詰め演歌である。カントリーと言われれば成るほどで、楽器の構成もカントリーに近い。

「音楽が人生」みたいな筆者であるが、正直、このジャンルには全く疎く、映画のジャンルとしても興味の高いミュージシャンものであったにも係わらず、結末が見えた終盤は正直飽きてしまった。ミュージシャンの作品というより、家族愛を描いた作品で、大概、ミュージシャン物って、実はそういう部分から一番かけ離れたところに存在するから、変な先入観が邪魔をしてしまったのだと思う


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by turtoone | 2007-04-01 23:22 | 映画(は行)
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久々の、というか、本当に何十年ぶりかの試写会鑑賞である。というか、試写会イベントを主催している側には何度か立ったことがあって、それでもバブルの時代だった。その後は小さなプレビューなら映画関係者は何時でも観られることを知り(でも、平日の昼間なので中々・・・)、だから純粋な試写会は前回はなんの映画だったかは覚えていない。一方で最近はネットの関係でよく試写会のお知らせは頂戴する。今年も「マリー・アントワネット」「ディパーテッド」も頂戴したが、日時が合わなかった。今回は偶々日時と場所のタイミングが良かった。しかも場所が「中野サンプラザ」って、こんな広い場所でも試写会をやるんだって少し驚いた。しかし、この会場での試写会は、この作品をよりスケールアップさせた。

中野サンプラザには数々の思い出がある。それは70年代後半から80年代にかけて。まだ東京ドームがなく、来日ミュージャンの大きな公演といえば、武道館が定番で、武道館では一杯にならないミュージシャンの東京コンサートの殆どはこの会場だった。尤も、音響が滅茶苦茶に悪い武道館に比べれば、ファンとしてはサンプラザの方が良かった。本当に感動的な数々のコンサートをここで体験したが、一番忘れられないのがThin Lizzyのコンサート。そもそも開演予定時間の18:30になっても始まらず、(理由は、リハで音響にメンバーが納得しなかったと後々ミュージックライフかなんかで読んだ・・・)しかし、開演した途端に、ファンも弾けまくって(筆者も前から3列目くらいだったから可也きていた)演者も乗りまくり、当時はデビュー間もないから、持ち曲はすべて使い果たして最後はビートルズやビーチボーイズ、プレスリーまで演奏した大ロックン・ロール大会になった。三度のアンコールで終わった時間が深夜の12時を回り、殆どの人は終電がなかった、そんな伝説のコンサートがここで行われ、筆者はその場所に居た。

さて、作品についてであるが、筆者はこの作品に関して大きな勘違いをしていた。某映画雑誌によるとこの作品は「レオナルド・ディカプリオとジェニファー・コネリー」の顔合わせも話題となっているアクション・サスペンス。ラストサムライのエドワード・ズウィック監督が南アフリカ共和国とモザンビークでロケを敢行。アフリカの地で様々な事情からピンクの巨大ダイヤモンドを追いかけることになる男たちのドラマを、スリルあふれるストーリーに仕上げている。」と紹介している。だから、単にアクション作品だと思っていた。とんでもない。この作品には、昨年来世界の映画界がその真髄に斬り込んでいる「アフリカ問題」の重要要素をふんだんに盛り込んだ、言わば集大成的な作品とも言える。舞台となったシエラレオネ共和国は、多分日本人にとっては知る人ぞ知る場所。ギニアとりべりアに国境を接していて、所謂奴隷制から解放された黒人の居住地として英国から独立した国家である。しかし、この国の悲劇は(勿論その前にもあったが)この時を境に本格化してくる。独立後はまさに政権とクーデターの歴史、1991年から内戦が始まり、現在も収束しているとは言えない。同時に、本作品のタイトルでもあるダイヤモンドは「紛争ダイヤモンド」と言われ、南西地域に埋蔵量が多いが、産出された殆どが非合法的に密輸出されている。これらが反政府組織RUFやシエラレオネ国内外に存在するテロ組織(アルカーイダなど)の資金源となっている。今回の作品化には、9.11事件が背景にあることもこの辺りから推測される。更に、作品では、この国の内戦で一番の犠牲になっている少年兵をクローズアップしている。

そして、前述した試写会場が中野サンプラザという点が、この作品上映を更に衝撃的なものにした。音響効果である。特に戦闘シーンの容赦ない銃弾音、戦闘機や戦車の音が上映会場一杯に響きわたる為、兵士のみならず女性も子供も容赦なく殺戮するその惨状のリアリティはアフリカの今起こっている悲劇を如実に伝えることに最高の効果を発揮したのである。もし、この会場でなかったに、この事実は筆者に伝わらなかったであろう。シネコン程度の音響では多分、伝わらなかったと思うだけに、この青春時代より慣れ親しんだ会場の音響に感謝したい。アフリカの現状が生々しく描写された150分の作品。そくな訳でディカプリオの演技を細部まで見る余裕もなかったのが事実。そんな中でもジャイモンは流石に表現力が素晴らしかった。というか、作品の性格から、彼に感情移入していたのは事実。

アフリカ諸問題の映画作品化が増えている。同時にアメリカも自国の過去の歴史検証が進んでいるが如く、同じ様に作品化が多い。この傾向は昨年あたりから顕著に現れ、今年はその類の作品が軒並み続く。アフリカ問題の病巣は深刻で、さしづめ本作品は少年兵の問題が筆者にとっては大変ショックであった。アフリカをこんな地域にしてしまったのはすべてが白人と、それに類する人間の欲だと思うと悲しく、同時にに残念ながら我々は無力である。「ホテル・ルワンダ」もそうであったが、この地域において、人間としての疑問や不条理に出会ったら、行動するしかない。その行動が例え、たった一人の決意であったとしても、それが、大きな変革に繋がるのである。この作品でも、小さいかね知れないがその行動が大切なんだと結論づけている。地域の問題・国家の問題と相手は大きいかも知れないが、でもそれに対して個人が何が出来るのか。筆者には到底出来ないが、少なくとも、何が出来るかを考えようとすることでも進歩なのではないか。

シエラレオネとはポルトガル語で「ライオンの山」という意味である。この作品でも殺戮が繰り返される村々のすぐ近くのサバンナにはライオンをはじめ、動物が生息している映像も流している。それが必要以上に鑑賞者に訴えているのも事実。筆者的にも高得点な作品であり、勿論、映画館、それもなるべく音響の良い上映館を選んで欲しいと思う。


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by turtoone | 2007-03-24 23:41 | 映画(は行)