暫く療養と入院、更に手術をしまして映画ブログは更新を怠っておりました。作品は鑑賞してますので、徐々に復帰させていただきます。今後共、よろしくおねがいします。


by turtoone
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ブーリン家の姉妹

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16世紀は世界中が構造的に大きな変化を遂げた世紀であったが、特に、英国と日本という極東西の島国は特にそれが顕著であったと言える。英国は、ヘンリー8世という寵児の出現に丹を発しており、中でも、ローマとの決別は画期的なことであったが、同じ様に宗教的な因子で考えると、日本では織田信長という寵児が同じ様に宗教を厳しく弾圧した。信長の場合は、人心を惑わすものとした一方で自らを神格していたが、基督教に関しては寛容であったのは、当時日本で然程影響力を持ったものとして認知していなかった点にある。この極東西の繋がりは、ローマカトリックが欧州では力を失ってきた(あくまでも国を維持するという意味で)ことに端を発して、だから、行く着くところはアジアであった流れがあり、それによって伝来した基督教は信長には庇護されたと言ってよい。しかし、その後の天下人には忌み嫌われた。こう考えると、この時代の連繋は興味深い。

さて、その稀代の君主であったヘンリー8世がといえども世継ぎには頭を悩ましていた結果、この作品から始まった一連の「後継者争い」の名実共に種蒔きをしてしまうのである。なぜ、権威にある人間は自分だけでなく、子々孫々にそれを維持しようと考えるのか。生物の種の保存とは別に、人間特有の面白くかつ難解なテーマである。これは権威だけでなく、人間の世の中にはどんな世界にも「肉親後継」問題が派生する。筆者のように権威も財産ももたない人間はそんなこと考えたこともなかったが、二女に恵まれた筆者に向かって「男子はいらないのですか」と年の若い後輩までもが聞く。実に難解な発言だ。

この作品では、ブーリン家の姉妹、アンとメアリーがいずれもヘンリー8世に寵愛されるさまを描いているが、ここで面白いのは、アンとメアリーの姉妹がどちらが上であったかは当時の文献からは読み取れない。また、姉妹の母であるエリザベス・ハワードもヘンリー8世の愛人だったと言われる。更に後年、姉妹の従姉妹であるキャサリン・ハワードはヘンリー8世の5番目の王妃になっているから、この系図はグチャグチャである。但し、ヘンリー8世が教皇クレメンスと対立し、イングランドは帝国であると発言・破門されたが、1534年に国王至上法を発布し自らをイギリス国教会長とし、カトリックを脱退、ここに俗に言うプロテスタントの誕生があるが、これをすべて、アン・ブーリンとの結婚、及び、キャサリン・オブ・アラゴンとの離別が原因とした上で、その裏で気丈に振舞った彼女を長女としているが、一般的に性格的にはおっとりした長女より、次女の方が気丈だと言うし、現に、メアリーの子孫たちは皆、彼女が長女だったと伝えられている。イギリス歴史学者の間でも学説の分かれるところだが、英国が他の欧州国より少し変わっているのが、長子とその他との区別である。これは日本にも共通するが、英国では、男女に関わらず上の者を優先する(日本は歴史的にも男尊)。しかも、アンは後の英国を築きあげたエリザベス1世の母でもあるために、姉が産んだ子が私生児で、妹が王妃という訳には行かないのであろう。この辺りは当時の人物においても、また、後世の研究者にもなかなか譲れない英国人のプライドを感じる。ヘンリー8世自身も、兄、姉、妹のいる第3子である。映画でメアリーに「下の子の気持ちが分かる」節のことを言っているが、だとしたらやはりアンが妹の方がこの国王の心情も察するし、もうひとつ言えば、最初の王妃キャサリンは最初は兄アーサーと結婚していた。兎に角、この辺りは複雑な要因が結構絡み合っている。

作品に関してであるが美術の時代考証が良く整っていた。特に「エリザベス・ゴールデンエイジ」(少し派手過ぎた・・・)よりも、宮殿の再現や、衣装に関してはかなり高い美術考証だったと思う(「恋におちたシェイクスピア」と同じ、サンディ・パウエル)が、残念なのは照明。当時の再現のためか特に室内はどうしても全体的に映像が暗くなってしまっている。それから音楽に関してであるが、リック・ウェイクマンのソロデビューアルバムに「ヘンリー8世の6人の妻」という名作があるが、以前にミュージカル作品のレビューでも書いたが、19世紀に芸術家がコラボをしていた様に、この題材なら、現代的なミュージックシーンでコラボして欲しいと思う。結構重たいテーマを背負った作品だったが、それを感じさせなかったのは、ナタリーとスカーレットがそれぞれを演じ分けていた点と、エリック・バナが、有能な君主でありながら、しかし人間というものは悩み苦しみ、結論を出していくものだという宿命を現代人に分かる感覚で演じてくれたところで作品全体がすっきりしたと思う。エリックに関しては 「ミュンヘン」同様、地味だが演じることに長けた役者であることを見直した。


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by turtoone | 2008-11-08 16:57 | 映画(は行)