戦国自衛隊1549
2005年 07月 03日

折角だからレビューを書くが、まず、なぜこんなにフィルムの色が悪いのだろうか?最初は1979年制作映画のラストがらみなのかと思った程である。勿論、過去に行ってもこの色の悪さは解決しなかった。これが意図的なのだとしたら、一体何の意味があるのだろうか、凡人の筆者には到底理由が分からなかった。それから、最低礼儀として、時代考証をはっきりとさせて欲しい。1549年は、信長の年齢は15歳。だから、色々な設定に可也の無理がある。織田信秀というのなら分かる。大体、帰蝶はいくつなのよ、帰蝶は。それから、例の16世紀の武者が現代に来てしまったことで、既にラストへのオチが分かってしまったので後は興ざめしてしまったが、(この辺りは、以前に長編テレビドラマで、キムタク主演の徳川家康が現代にタイムスリップしてしまったストーリーがあったので、すぐにその線だなぁと)だからといって、あの二人を「愛」で結んでしまうのも、昨今の「帰蝶論」解釈からは逸脱している。「吉乃」なら分かる。が、しかし、そうなると今度は道三とか、蜂須賀小六との絡みに不具合が生じてくる(まぁそこまで歴史的に考えていないと思うが・・・、ただどういうレベルのスタッフがいたのかを知りたい)。一応、歴史上の人物を扱うのであれば、その辺りはきちんと押さえて欲しい。大体、あの信長では、本能寺まで持たなかったと思うよ、現代からコンバートしたのだから、2年もすれば脚気になってたんじゃないのかなぁ。
作品内で「歴史が歪みを修正している」とか、どうとうかのたまいていらっしゃるが、そんなご高説を唱える以前に、歴史に対して「失礼な」(少なくとも歴史を好きな人間には失礼な作品だ)映画作品を制作してしまう人間が言えた義理ではない。天母山だって、この時代にここに築城するということ自体がまずあり得ない。大体、美濃の道三が、今川とか武田・松平の包囲網を潜って、どうしてこの富士宮まで来れようか。それに、この地にいれば、当然1549年に敵対しているのは、北条氏ではないか。北条・今川・武田の三国同盟のど真ん中で、幾ら21世紀の戦闘システムをもってしても、この中隊が2年間も生き延びている筈も無い。われらの祖先はそれくらい知力に富んだ優秀な民族(だった・・・?)であり、しかもその中でも選りすぐり戦国大名たちである。
ふぅ・・・。少し、いつもよりエキサイトしてしまった。でも、ひとつだけ賛同できるところがあった。天母山、ここから見る富士山は表富士としては、絶景で3本の指に入る、しかも一番近距離の風景である。的場織田の欲しかったのは天下ではなく、天下一の絶景なのだと自分を納得させた。
ところで、新作予告で興味を持った邦画に、「姑獲鳥の夏」に注目した。前述の女子中高生たちも「うっそぅ~これ、よくなくない?」と言ってたので、嗜好は彼女たちと同じなのか・・・。
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