暫く療養と入院、更に手術をしまして映画ブログは更新を怠っておりました。作品は鑑賞してますので、徐々に復帰させていただきます。今後共、よろしくおねがいします。


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オスカー勝手予想

b0046687_0325126.jpgいよいよ第80回のアカデミー賞発表まであと僅かとなった。
そこで今年も「オスカー勝手予想」を行わせて頂く。勿論在日の筆者がこの時点でノミネート作品をすべて観ている訳ではないが、在米仲間の独自のルートと、原作のあるものは読み、翻訳のないものはあらすじを確認した、全く勝手な予想を、主要部門にのみ限って、☆予想、◎一番取って欲しい願望を列記させていただく。

■脚本賞
☆JUNO
◎JUNO

■助演女優賞
☆ケイト・ブランシェット
◎ティルダ・スウィントン

■助演男優賞
☆ハビエル・バルデム
◎ケイシー・アフレック

■監督賞
☆ポールトーマス・アンダーソン 「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」
◎ポールトーマス・アンダーソン 「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」

■主演女優賞
☆マリオン・コティヤール
◎ケイト・ブランシェツト

■主演男優賞
☆ダニエル・デイ=ルイス
◎トミー・リー・ジョーンズ

■作品賞
☆「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」
◎「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」

正直なことろ、両方とも鑑賞していないが、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」と「ノー・カントリー」の一気討ちに、「JUNO」がどれだけ食い込むかだと思う。在米友人の情報も殆どこの2作品プラス1である。それで予想だと、主要3冠を「ゼア~」が獲ってしまうことになる。

ところで今回は80回ということで、気になるジンクスデータを。節目の回の傾向はというと、70回は「タイタニック」、60回は「ラストエンペラー」、50回は「アニー・ホール」が獲っていて、何れも作品賞と監督賞は同じであるが、主演男優賞だけ違う作品から出ている。つまり、傾向で行くと、80回も作品と監督は同じで、主演男優が違うということだと、作品・監督が「ゼア~」で主演男優がジョニ・デということも有り得るし、いや、下馬評では主演男優のダニエルは確定的という話から、作品と監督が「ノーカントリー」かもしれない。ゴールデン・
グローブを獲ったのに、オスカーでは今ひとつの評価である「つぐない」の大逆転もあるか。

筆者のトータル的な予想としては、今年はアメリカらしい、そしてオスカーらしい作品が選ばれるはずだ。だとするとこの中ではどうしても「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」だと思うのだが。

すべてはもうすぐ決定する。


アカデミー賞公式サイト


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by turtoone | 2008-02-25 00:34 | 映画関連

いつか眠りにつく前に

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実は鑑賞の予定が無かったのだが、地元のシネコンで特に予告編が流れた回数が多く、これは是非家内と一緒に観にいこうと予定をして誘ったら、二人の娘の学年末テストの勉強を見てあげるとかで、あっさり断られ、情けなく一人の鑑賞となった。作品を観終わって、なるほど、母親って凄いって実体験を踏まえた実感に繋がった意義の高い鑑賞だった。

母と娘が主体だったし、且つ、人生の終焉に関する作品で、以前、「きみに読む物語」に感動したと家内が言っていたので、勝手に女性向の作品だと思ったが、とんでもない。この作品は色々な人に観ていただきたいと正直に思った。キャッチコピーが、「あなたが最期に呼ぶのは、誰の名前ですか?」と、なんだか意味深で過去の過ちを振り返るだけのラブロマンスだと思い勝ちであるが、この作品は、そんなロマンスだけでなく、人生を生き抜いた者の自信と人生に立ち向かう者へのエールが込められ、且つ、どんな人間でも、その生涯は尊く、人ひとりの一生というものがとても重く、そして素晴らしいものなんだということをち力強く説いている作品である。物語に関してのコメントは申し訳ないがこれ以上書くとネタバレになってしまう。新作に関しては原則ネタバレをしない主義なので、これでやめさせて頂くが、絶対に観て、そして、自分の人生に関して深く探求し、自分の家族や血縁者、さらに周りの人間の人生の尊さを感じて欲しいのである。

さて、もうひとつの興味である、豪華俳優陣に関してここでは書かせて頂く。兎に角凄いキャスティングであるが、やはり一番大きいのは、2組の母娘共演である。ヴァネッサ・レッドグレイヴとナターシャ・リチャードソンは母役とその長女役で、また、もう一組のメリルストリープとメイミー・ガマーは主人公アンの親友であるライラの若い頃と年老いた頃を演じている。まず、ヴァネッサはベッドに横たわっての演技のみであるが貫禄である。「ボーン・コレクター」のデンゼル・ワシントンも寝ているだけの演技で凄かったが、ヴァネッサはさらに貫禄があった。その娘ナターシャ・リチャードソンは「上海の伯爵夫人」が記憶に新しいが、寧ろ今回は次女役のトニ・コレットに重きを置いているので、長女らしい温和な演技が終始際立っていた。ヴァネッサと言えば、少し古いが「ジュリア」。あの作品をリアルタイムで観ている(またまた歳がばれる・・・)筆者としては、この役柄との違いで彼女の素晴らしい「女優人生」を感じてならないし、だからこそ、人生を語る彼女の台詞の一言一言には本当に重さを感じるのである。新しいところでは、「ミッション・イン・ポッシブル」のマックスであるが、このときの存在感も凄かったな。一方もう一組の母娘は、本格的な映画出演は、ラッセ監督作に続く本作品が2作目のメイミー・ガマーが兎に角がんばってくれた。クレア・デインズ演じるアンの親友役で重要なポジションであったが、中々無難にこなしてくれた。勿論オスカー15回のノミネートで、「クレイマー・クレイマー」の助演賞、「ソフィーの選択」の主演賞受賞である大女優の母と比較しては申し訳ないが、今後にも期待できそうだ。若い頃のメリルとは随分印象が違うが、今回の様な役どころは良さそうだし、実はとてつもない役とかが出来そうな雰囲気も持っている。不思議なのは若い頃のメリルより、今のメリルに似ているから、ここの母娘共演は同じライラという人物で登場させてキャスティングが見事だったといえよう。また、脇役では、グレンローズの嗚咽は凄かった。彼女き遅咲きの女優であるが、どうしても「危険な情事」なんかより「102」を思い出してしまうのは筆者だけ? しかしあの嗚咽だけで助演賞ものだと思うのだが・・・。また、ハリスを演じたパトリック・ウィルソンは、若き頃のケビン・コストナーを思わせる(ケビンももうそんな歳? 髪のせいだよね)今回は、「オペラ座の怪人」あたりとはまた違って、イイ男はなにをやってもいいから得ですな。そして、最後になったが、主役のクレア・デインズ。どうしてこの女優はこの豪華女優陣の中にあって、最も輝いていたのであろうか。日本では公開が先になった「スターダスト」でも、豪華共演陣を向こうにまわして一番光っていた。「若草物語」のべス役で映画界デビュー(姉のジョーがウィノナで、妹のエミーがキルストンだから初めからすごい抜擢だった)し、その後TV作品「アンジェラ15歳の日々」でいきなり主役になり、ロミジュリではレオさまの相手役などと順調であったが、暫く良い作品に恵まれなかった。だが「幸せのポートレート」で久々に見たという感じでサラ・ジェシカ・パーカーを食ってしまう演技にやはりこの人の存在感は大きいなと思っていたから、最近の活躍は嬉しい。イェール大学へも通う才媛でもあるから、30歳を目前にして、彼女いよいよジョディ・フォスター、ジュリア・ロバーツと継承されているミス・アメリカ的位置を確保できる「ビッグヒット」と女優賞が欲しいところである。忘れていた、トニ・コレットとヒュー・ダンシー(ルワンダの涙とはまた違っていて・・・)も良かった。というか、俳優はそれぞれがお互いをうまく助け合い、すべてのシーンでの演技が良かったところは大きい。

「人生の過ち」に関する見解が物語が進むごとに変わっていくところも見逃せない。映像も良かったが、一方で脚本と構成は俳優を頼りすぎていた感がある。但し、冒頭に書いたように、家内が筆者より娘たちを優先した現実は、この作品とも被るところがあり、そんな実体験が作品を良く見せたのかもしれない。序ながら、やはり随分泣かせて頂いた。残念なことに公開2日目だというのに筆者の回はガラガラ。だが、絶対に観て欲しい作品だし、(DVDでも良いが、過去の美しい風景はスクリーンの方が感動するだろう・・・)鑑賞されたらご自身の人生を見つめなおす機会にして欲しい。そういう価値のある作品だ。


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by turtoone | 2008-02-24 17:19 | 映画(あ行)
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英国史の中で、彼女ほど、絵にも物語にもなる人物というのはそんなに沢山いないであろう。わが国でいえば、信長、秀吉、家康といったところであろうか。不思議と年代的にも似通っているから不思議である。最近思うに、やはり世界的に色々なことが起こる潮流というのはどこかに存在していてこれは単なる偶然ではない、バタフライ・エフェクトだったり、別の言い方をすれば「神の意思」だったりするのであろう。そして、日本での織豊時代の英雄と同じく、後世にも物語になりやすいのが、このエリザベス1世であり、彼女の生きた時代である。しかしながら筆者ともあろうことか、前作の「エリザベス」を鑑賞していないのである。これは本当に不覚だった。この続編の制作が決まってからというもの、高を括っていたのでDVDで観れば良いやと思いきや、DVDは未発売。ビデオなんぞ市場に売っている訳もなく、普段は余り訪れないレンタルへ行ったものの、東京といえど、北の住宅街に隣接するレンタル店には全く扱いがなかった。ということで、続編というひとつの映画作品の楽しみは失ったものの、このエリザベスの物語は高い期待度の中鑑賞が始まった。

しかし、前作を観ていないからか、前半はかなり退屈した。史実の部分、つまり、エリザベスと姉のメアリー1世の生い立ちと処遇は、多分前作で終わっているのかどうか、この部分が、妙に簡単に描かれ過ぎてしまい、やはり筆者の様に(歴史は知っているが・・・)続編から観るものへの配慮が全くされてなかった。特に、なぜ、メアリーがあれだけカトリックを信仰しているかの理由というのが、前作も歴史も知らない鑑賞者には恐らく分からなかったと思う。これは大変不親切な脚本だった。もし、前作がなかったとしても時代的には、メアリーの斬首刑がひとつの大きなポイントになる時代背景だから、もっと丁寧に描いて欲しかった。折角、作品的には中盤のピークに達するところで上手い演出と構成だったが、その陰で脚本は甘かったと言えよう。

それからこれはイギリス映画(フランスと合作)だからかもしれないが、やたらと史実に忠実だった。しかし、逆に後述するが肝心な部分を歴史に中軸ではなかったので、少し白けたところもあった。世界史上でも十指に入ると思われる大事件、それがスペイン無敵艦隊の敗北である。エリザベス1世といえばこのアルマダの海戦であるから、ここが映画の最大の見所でもあるし、また、彼女の生涯でも最も大きな決断であった。
作品では当然だが、「カレー沖の海戦」を最も重要視した。イギリス艦隊による火船攻撃は、一方で赤壁の戦いの連環の計などを思い出させるが、この滅茶苦茶とでも言える戦法によりイギリス軍は大勝利を収めた。しかし、元寇ではあるまいし「神風」は吹いちゃいけないでしょ。この辺りは如何にスペイン艦隊が当時強かったということの証であるが、いつも言うように歴史というのは「勝者」の定義で塗り替えられる。スペインが強ければ強い方がそりに勝ったイギリスの方がより強いということで、後々に「無敵艦隊」と言われたが、正直このアルマダの海戦前にスペイン軍は相当疲弊していたし、逆に言えば唯一の戦争の口実であったイギリスに於けるカトリックの頭を失ったというので、大義名分が立たなくなったのも事実。歴史は既に東へ向かっており、スペインにとっては、小さな島国イギリスよりも、大きな大きな南米大陸の方が興味があったのである。簡単に言えばこれが無敵艦隊敗北の顛末であるが、大英帝国たるものそうは言えない。だからこそ、やはりメアリー1世はもっときちんと描いて欲しかった。そうでないと基督教に興味の無い方には分かり辛かったと思う。

そんな中でも、ジェフリー・ラッシュのウォルシンガム卿の「貴方のための法なのだ」という言葉は、神の法より王の法を重視し新しい時代の到来を示唆したこの時代のイギリスを象徴する名ゼリフである。そういえば、海戦前にエリザベスが宮殿で戦略を練っている際に床に描かれていた地図のイギリスとフランスがとても遠い距離に描かれていたのが当時の地理的感覚なのか、とても気になった美術だった。この距離感が英国を強く、誇り高い欧州一の民族に育て上げたゆとりなんだと思う。

最近の研究ではエリザベス1世は正式には王位に就いていないという説が強く、これはひとえにローマ教皇側からの見解であるが、そんなの関係ないっていう強い信念があった人であり、そういう島国風土だったのだ。しかし、戦闘の際に着用していた鎧は、時代が少し古くなかったかな。(突然ジャンヌ・ダルクの百年戦争時代にタイム・スリップしたのかと思った。)

しかし、このシリーズ続編がある?実は、エリザベス1世は晩年も面白いから、ケイトがその歳になったらパート3を制作したらどうだろうか?そうそう、ケイト・ブランシェットはお見事、また一段と好きな女優になった。


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by turtoone | 2008-02-20 22:55 | 映画(あ行)

ヒトラーの贋札

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今までその名称くらいしか存知得なかった「ベルンハント作戦」だが、謀略工作の専門家アルフレート・ナウヨックス親衛隊少佐が発案し、書類偽造課長ベルンハルト・クリューガー親衛隊少佐が指揮・実行した。その名前をとってこの作戦名が付いたということも全く知らなかった。この映画作品にあるように、のはザクセン・ハウゼン強制収容所に集められたユダヤ人技術者たちが実際に贋造した。1944年までに贋造された額はポンド札で1億3200万ポンドという驚きべき数字に上り、その量は当時の全流通量の約10%に相当したという。約50%がスパイへの報酬、秘密工作資金、武器調達用などの海外の秘密工作に使用されたという記録が残っている。この作品はドイツとオーストリアの合作であり、2007年オスカーの外国語映画賞にもノミネートされているが、正直なところ、戦後60年以降、ドイツは先の大戦における反省を色々な側面から検証している点は素晴らしい試みであるし、この作戦をテーマに据えたのもそうした一環であるが、正直なところ、映画作品としては残念ながら筆者に好きな分野だっただけに、却って高い評価ができるものではなかった。

それはひとつに主人公に魅力がなかった点が大きい。サロモン・ソロヴィッチ、通称サリーと呼ばれるユダヤ人技巧者が主役であるが、例えば、この人物が名画「シンドラーのリスト」のオスカー・シンドラーの様に清濁併せ呑むような人物であれば、それだけで人物への魅力が先行し物語にも起伏が出てくるのであるが、こちらは単に、ユダヤ人がその職務に当てられたことと同時に、他のユダヤ人仲間は迫害を受けているという当人間のジレンマというものを前面に押し出したかったのだろうが、結果それだけになってしまい、何だかまた、いつものこの手のパターンの作品を100分くらい観たという感じであった。こういう作品は「戦場のピアニスト」で最後にして欲しいと言ったはずだ。また、この贋札製造は、キケロ事件とも大きな関係があったり、それ以外にも有名なのは、幽閉されたイタリアのムッソリーニの救出資金にも使われたといわれているから、作品の中にも、つまらないフィクションを散りばめるのでなく、歴史的事実を追求して欲しかった。ただ、ドル札の部分に関しては、事実と違うかどうか分からないが、ラストに繋がる持って行き方は決して悪くはないと思うが、やはり映画作品としてのメリハリがなく、NHKスペシャル(Nスペの方がもっと突っ込むと思うが)みたいになってしまったと思う。確かにこういう映画作品作りは難しいのは分かるが。ただ、題材が面白いだけに、ハリウッドが作ったら、撮影や美術がもっと細かかっただろうかと思うと、とても残念である。また、主人公に関しても(この人の著作が原本にはなっているそうだが)その任務と苦悩の間にある心理描写をクローズアップすることにより、この主人公をきっともっと魅力的に演出できたと思う。

しかし、結局のところこの主人公サリーは、自分がドイツの下でして来たことを自身として正当化しているのか、それとも仕方が無いけれど忌まわしい過去だったのかということのどちらにも取れるようなモンテカルロのシーンになってしまったのは残念。彼自身の自伝が映画の原本になっただけに、そのどちらか一方へのケジメはつけて欲しかった。勿論、それ以外の部分に関しては興味のある内容であったし、改めてヒトラーの指導力と一丸となったナチス首脳部の戦略にはただただ驚かされるばかりである。

また、ハリウッド作品を全面的に肯定するわけだはないが、カット割とかカメラワークにはもっと独創性を持って欲しいと思う。その辺りの技術が進歩してくれるとオーストラリア映画作品というのももっと期待ができるのであるが。


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by turtoone | 2008-02-16 23:56 | 映画(は行)

歓喜の歌

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邦画って独特のスピードがあって、所謂本作品のようなコミカル物っていうのは、独特な中にもテンポが全てであり、逆にそのテンポを失ってしまうと色々と突っ込みたいところが沢山出てきてしまう。最近わかったのだが、その独特のスピードって筆者が勝手に思い込んでいる先入観であって、要するに原語だと分からないから頼りにしている「字幕スーパー」との時間差だったのだ。だから例えば家内みたいに英語で日常会話が出来る人間は、洋画を観ても殆どスーパーを見ていないから、時間差がなく余裕があって筆者とはいつも観ているところが違うのである。だから筆者の言う、独特なスピード感というのを彼女は全く感じないらしい。さて表題作品は、筆者が信頼を於いているブロガーの皆様方の間で結構評判が良く、且つ、自身の期待度も高い方だったので予定を変更して鑑賞した。ただ、この作品は良い部分とそうでない部分(決して悪い訳ではないのだが)がはっきりしていて、結構途中で感動もしたが、突っ込みところも多かった。鑑賞の記念にそれぞれを少し記す。

まず、突っ込みは、そもそもの設定。6月の予約から公演の間際まで、何も会場と打ち合わせをしていないということなどは全くもって有り得ない。しかもこの都市は何処を想定しているのかは分からなかったが、シャトルが走っている。シャトルを市内に誘致できるほど国や都道府県から助成金を引っ張ってこれる様な、都市は監査も厳しいし書類もしっかりしているわけで、電話一本で市民会館の貸借を決めてしまうことはない。大体チケットが完売といっているから頒布しているわけで、有料コンサートだから公的な施設には決まった書式の手続きが必要。この辺りは少し設定が甘く、揚げ足を取っているわけではなく、大事なところだからしっかり抑えて欲しいと思う。大体、6月から12月31日の予定が書き込めるってどんなに大きなホワイトボードを持っているのだろうか。また、でんでんの場面一式は全くいらなかったのでは? 何か主任が飛ばされた後付になってしまい、先に(電話は掛かってきているが)でんでんが出ていればまぁ良かったかもしれないけれど、そのためにらんちうが絡んだり、はっきり言って必要のないエピソードだ。その分、もう少しみたま町ガールズの面々の私生活を掘り下げた方が良かった。それから肝心の第九なんだが、筆者は良く年末なんかにやる市民コンサートって行ったことないから分からないが、第九をカラオケでやるの? 確かピアノしか楽器はなかったし、椅子を増設した場所って本来、オケが配置されるところだよね。カラオケで指揮をするって、筆者の音楽経験では理解できない。みんなすごく耳が良い人たちなんだなぁって関心した。それからここではアンコールをやらなかったが、(その代わりに良いエピソードがあったけど)普通はやるし、アンコールの声もかからないのだから、演者はとても音楽性の高い耳の良い人たちの集まりなのに観客は仕方なくノルマでチケット買わされた人なんだなぁと心配してしまった。「五木の子守唄」は良かったが、そもそもなんでそういうきっかけになったのか分からないし、由紀さおりの役どころって何者?安田祥子が最初からずっと地味に出ていたのでなんかやってくれると思ったら、トルコ行進曲でも絡まなかった。折角のお姉さまを活かしなさいって、これ「お約束」なんじゃないかなぁ・・・と。

逆に予想外かつ感動したところ。なんといっても感動はまつり縫いの展開は読めなかったな。あと、渡辺美佐子は最初からスペードのエースって分かったが(多分、誰でも・・・)、どこで出てくるのかと思ったら、ここね。なんでもかんでも歌だけで人を動かせないところは気に入った展開。それから平澤由美のボーカルは驚いた。あと根岸さんの調理の早さはすごかったね。麺を入れていたから海鮮あんかけやきそばを作っていたのかなぁ。ラストは勿論泣かせて頂いた。筆者も少し被るところがあるなぁって、家内や家族への感謝は大事だよ。というかこの夫婦の問題だけでなく、全編に家族愛(でも斉藤洋介と片桐はいりの子供ってどんな顔しているのか、出てきて欲しかった?)が謳われていた作品だから、最後の感動に繋がった。そういう愛が根底にある人たちだから大きなトラブルもなく、ジョイントできたのだと、そんな優しさ一杯の感動をくれた作品だった。

ただ、邦画なのに季節外れの公開なのはなぜ。昨年末公開だったらもっと感動したし、今、「これから年越しそば」っていわれてもピンと来ない。旧正月だし、やっぱりこの後親子三人で、タンメンとギョーザじゃないのだろうか。


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by turtoone | 2008-02-10 17:06 | 映画(か行)
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1970年代、麻薬生産地帯といえば、ゴールデントライアングルといわれる、タイ、ラオス、ミャンマー国境地帯である。当時生産した麻薬はすべて米国政府が買い取った。そもそもがアヘン戦争で儲けた連中が支配層を形成し、その麻薬業者がCIA設立に関与したのが、アメリカと麻薬の歴史である。ゴールデントライアングルの連中のいう、アメリカ政府とはCIAのことである。作品には中国国民党が出てくるが、このシーンで遠まわしであるがそのことに触れている。因みに、まだこの時代になっても国民党を武装させたのはアメリカであり、その軍資金麻薬売買であったから、アメリカという国はどこが世界の警察なんだか不思議である。ここでの売買成立がこの作品のポイントになるのであるが、実話に基づいた作品であるが、その本人は黒人だったのだろうか。だとしたら、この麻薬の取引相手の目利きが抜群だったに違いない。実際のところ、サイゴンとの麻薬取引というのは、そんなにニュースソースに上がってこないのだから。但し、70年代に麻薬輸入の主流はどちらかというとコロンビアであり、このマネーロンダリングを詳しく調べていくと、最終的にはブッシュ大統領にぶちあたる。それはここでは割愛するが、要するに、マフィアとか遠回しな言い方をしているが、世界最大の麻薬販売企業はCIAであるし、それを理解しているとこの物語は本当に良くわかる。また、リドリーがそこまでは突っ込まなかったのも幸いかな、である。それ以上はこの物語を見た人が独自で調べれば良いことなのであるから。

二大オスカー俳優の対決という先入観がありすぎて、もっと絡みが多いのかと思ったが、まったくそこは外されたが、却ってもっとずっと面白い作品に仕上がっていた。因みにこの演技巧者のそれぞれ一番演技が良いと思う作品は、デンゼルはやはり「マルコムX」であり、ラッセルは「ビューティフル・マインド」であるが、両作品共にオスカー主演男優賞は取っていない。前述したようにそれぞれが中々出会わない迄の演技というのが期待感が高まった一方で、対峙してからの迫力が今ひとつだったのは残念だった。勿論、結果的にラストは良い無難な処理になったものの、法廷シーンを引っ張って対峙しても良かったのだが、ここまでの時間が長過ぎたという印象がある。但し、前半でこのふたりは「中々出会わないぞ」という布石が作ってあったから、各々の演技は十二分に楽しめた。意外なはずされ方をされた一方で、見せるべくポイントを外さないのが流石はリドリー・スコットである。しかし、この実はこの二人よりも演技として光っていたのが、ママ・ルーカスを演じたルビー・ディ-と、ヒューイを演じたキウェテル・イジョフォーだ。ルビー・ディーはこの作品でオスカーの助演女優賞にノミネートされているがこの辺りのオスカーの目は正しい。また、キウェテルは「インサイド・マン」に続いてのデンゼルとの共演。彼は「ラヴ・アクチュアリー」がどうも印象的なのだか、(「キンキー・ブーツ」でも準主役だった)名脇役というところであろうか。そもそもが舞台俳優だけに、舞台芝居を観てみたいものだ。このふたり以外の脇役の演技にも見所が多く、その部分で作品を支えていたところが大きかったとも言えよう。

リドリー・スコットというのは、本当に型に填まった映画作りをしない人だ。 「ジェシー・ジェームスの暗殺」にも製作で関与していたが、大体からして、前監督作品の「プロヴァンスの贈り物」と、「グラディエーター」と、更には「ブレード・ランナー」を同じ監督が作ったとは到底思えない。ただ言えるのはどの作品も土台を作るのが上手く、そこがふらつかないから展開を安心して観ていられるという信頼感がある。この作品で言えば冒頭に述べたなぜ、フランク・ルーカスなる一黒人がサイゴンくんだりまで行って麻薬の元締めに信頼されてしまうのかという元々を映像で描かなくてもうまく台詞に乗っけてしまう脚本家との連携だったり、脇役の使いこなしがうまく、きちんと二大スターを置くべきところに配している演出力といい、この辺りをきちんと押さえているから多少展開(かといってドンデン返しがある訳ではないが、最後のコメントにはにやっとしてしまった)が予想に反しても、鑑賞者が見失わずに着いていかれるのである。そして、彼なりの主張も織り込んでいるから巧妙である。「グラディエーター」の彼なりの歴史解釈以来、その部分にはこちらも拘って鑑賞しているのである。

思い出したが、デンゼルの父は牧師。教会のシーンに重きを置いたのはそんなところも汲んでいるのかも。この監督だったらやりそうだし、今後はラッセルよりデンゼルと組むことが多くなるんじゃないかと思ったシーンだった。

しつこい様だが法廷シーンはもう少し見たかった。そうでないと最初のラッセルの台詞が生きないからだ。次はこのふたりの大ガチンコ対決を観たいものだ。


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by turtoone | 2008-02-09 17:53 | 映画(あ行)

レンブラントの夜警

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映画が総合芸術だと思うのは、例えば、美術と音楽と文芸と舞台を1枚のスクリーンの中で表現してしまうことである。言い換えれば映画という芸術そのものが既に色々な芸術のコラボレーションになっているのである。筆者は特に歴史物、人物物というのは好きで少し得意としている範疇であるが、しかし一方で完成され、発表されたこれらの作品に関しては見方が厳しいのかもしれない。だが、やはり筆者が高評価する作品の殆どは、この類いなのであるから、好き故になのである。

この作品は冒頭とラストのシーンが印象的だった。レンブラントが「色」を求める。「色って何か」を問いかける。確かに色ってなんだろうと思う。色がわから無い場合、それを何にたとえるのか。これってなかなか面白い(物語の意図とは違うが)試みだ。例えば、色を人に説明するときどんな表現が必要か。「血」や「とまと」だったら赤とか、具体的にその色を持っている物体名をあげないでその色を表現するということは面白い。そして、更に絵画ってなんだ、ひいては芸術ってなんだ。と、この作品はその根本、本質にオランダの偉大なる画家を題材にして迫りメスを入れるているのである。

レンブラント・ハルメンス・ファン・レインといえば、ルーベンス、フェルメールと並ぶ、17世紀バロック美術のオランダ3大画家である。バロック美術の発祥はイタリアであり、強烈なコントラスト、躍動感あふれる構図を特徴とする。特にイタリアではカラヴァッジオの絵画が代表的で、ルネサンス期には理想的な姿で描かれた聖人画が、生活感あふれる庶民の姿で描かれたことも特徴的である。オランダと共に、ディエゴ・ベラスケスはスペイン絵画の黄金時代を形成した。「夜警」は1642年の作品で、この年彼は、最初の妻を亡くし、愛人から結婚不履行で訴えられた。やがて多額の借金を作り、最終的にはこれだけ生きている内に画家として大成していた人が共同墓地に埋葬されている。物語は丁度この辺りを全く新しい仮説をもって描いている。当時のオランダは、まだオランダという国ではなく、独立戦争の最中であった。ネーデルランド連邦共和国が独立した一方で、いち早く海上とアジア進出に目をつけたこの国は東インド会社を設立した。オランダとは連合東インド会社の総称としてつけられた言葉で、略してオランダと称されたのである。レンブラントの時代は芸術もそうであるが世相が中世から大きく変わろうという時代であり、特に民衆の考えがそれまでになかったことを求めようとしていた。簡単に言えば、多分それは群から個の時代だったのだと筆者は仮説する。この絵画も「夜警」とついているが、レンブラントは群とか集を意図した作品背景にもかかわらずモデルになった人たちには既に個が占有していたという論法にたった脚本になったようだ。

しかし作品としての物語は退屈だった。というか筆者は退屈でなかったが朝一番の回だったのに方々から寝息が聞こえたのも事実。前述したが、人物作品というのは難しく、ましてやレンブラントというのは、美術史的にも位置づけが分かりにくいところにある。印象派がお好みの日本人にも馴染みが薄いし、名前はご存知でも、作品だってまさにこの「夜警」くらいしかご存知ないだろうと思う。その辺り、ルーベンスやフェルメールの方が一般的に有名な作品が多い。そして、この作品の構成だが、題材がレンブラントだけに撮影の試みとして、銀幕をキャンパスにみたてた手法を取ったようだが、それが成功せず、鑑賞者に伝わらなかったのは、幾つかの前提をはっきりさせなかった事にある。

ひとつはオランダと言う国である。この国の風土と国民性を序盤で定義づけられなかった点は大きい。終盤の裁き、つまりは絵が出来てからの評価になって、漸くそれまでは、登場人物各々の身分や個性だと思わせたところに、一気ににオランダ人の国民性をてんこ盛りに盛ってごちゃまぜに出された。それまでも結構理屈っぽい内容だったが、ここで更に今まで繋いで来た作品への感情を断ち切られてしまった。

もうひとつは天才レンブラント自身のこの物語における「位置」である。「夜警」を主体にしたいかったのか、それともレンブラントにスポットをあてたいのか、はたまた、彼を取り巻く人物と時代だったのかがはつきりしなかった。従って映画というより、絵画の中の人々が会話しているという様な印象を与えるこの構図の取り方は、一件面白いが長続きしなく、また、舞台と違って、誰の台詞なんだか、俳優の声質を見極められない序盤は大変見づらかったのも事実。焦点を前述のどこかに絞りきった方が良かったのだと思う。

ピーター・グリーナウェイ監督だから「コックと泥棒、その妻と愛人」でも見られたように構図的には凝っているのだが、やはりオランダの巨匠レンブラントをこの作品に完全にコラボさせるのは少し無理があったのかもしれない。残念だ。

そういえばレンブラントは色盲だったと言われている。序盤の色へのこだわりと物語りの結末には、彼のそんな苦悩と、「夜警」と名づけられたが、実は昼間の光景だというこの絵にまつわる様々なミステリーを通して、現代の世相に芸術者として問いかけいる彼の姿を彷彿する。


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by turtoone | 2008-02-02 22:24 | 映画(ら行)