暫く療養と入院、更に手術をしまして映画ブログは更新を怠っておりました。作品は鑑賞してますので、徐々に復帰させていただきます。今後共、よろしくおねがいします。


by turtoone
カレンダー

<   2006年 05月 ( 8 )   > この月の画像一覧

ナイロビの蜂

b0046687_21115678.jpg
今年のオスカーでレイチェル・ワイズが助演女優賞を獲得しなかったら、多分、見向きもしなかった作品である。というか、勝手にこの部門はフェリシティ・マクドーマンドで決まりだと思っていたから、レイチェルの名前が呼ばれたとき、「エ~ノミネートされてたっけ~?」って。これは実は、助演男優も同じ現象で、ここもジアマッティで決まっていたから、クルーニーの名前が挙がったときは監督賞だと思った。そんなわけで知り合った作品も、「ホテル・ルワンダ」(しまった、これもレビュー買いてなかった)の後でアフリカモノを観たところで、多分、色々不平不満を残すんだろうなと思いながら、しかし、レイチェルの演技だけは抑えておきたいという一念の鑑賞である。

しかしながら、正直なところこの作品の意図、及び主題が全く分からないという結論である。アフリカという地域のことを考えてみると、ヨーロッパの犠牲であるということは、何も今に始まったことでは無い。冷たい言い方をしているのでなく、ヨーロッパが16世紀以降にやって来たことは、全世界に対してであり、何も対アフリカに限ったことでない。21世紀の人間社会の軸で考えると、世界の飢えている人たちは殆どアフリカに集中しているとか、エイズを筆頭に人類科学では未知の領域にある病原の源であるとか、文明社会と名の着く人間、つまり我々は勝手なことをほざいた挙句、哀れむ。これは人間のエゴである。筆者も勿論勝手側の人間であり、「アフリカの~」なんていう言い方や思い方をしている段階では、エゴの固まりなのであり、あんたなんかにこの地域の現状を語るは愚か、考える資格すらないというものだ。そう、何もしていないのは、何の思いも無いのと同じ、「クリックで救える命がある」は毎日クリックしているから、それが一体なんだっていうんだろうと、自己の無力さと不甲斐なさをいつも感じる。

だから、こんな無力の認識は日常のニュースで充分である。この作品、一体、何を、問題にしたかった?製薬会社の人体実験? アフリカに今日はびこる不正、利権、汚職の数々?そんなことはわざわざ映画作品にしなくても分かっているのが当然。日本経済新聞やNews week読んでいれば、NHKスペシャルやCNNを観ていれば、最低月1回はこんなニュースを報道してくれる。つまり作品にするには、可也突っ込みが甘かった。単なるドキュメントタッチだけでなく、文芸作品に仕上げたかったのか、それとも、冒頭の展開から、ミステリー要素を入れたかったのか、ストーリーは問題点が確信に近づくと男女の愛と誤解にアングルが振られ、同時にそのたびに焦点が惚ける連続であった。筆者の鑑賞の仕方が甘いのかもしれないが、この作品の様に、鑑賞側のエモーショナル・ラインをぶっつん・ぶっつん切られてしまうと、正直、最初から「鑑賞の方針」を決めている訳でないので、最後の最後まで戸惑った。穿った見方かも知れないが、人間愛という観点から考えると、愛なのか任務なのかその線引きを妙に暈かしつつ、最終的にジャスティン(レイフ・ファインズ)の後半の行動を、アフリカの現状と同軸で描こうとしている「エゴ」が妙に鼻につき、又、悲しかった。無論、前述したように、筆者にそんな悲しむ資格などないのであるが。

また、残念ながらレイチェルの演技はオスカーモノだとも思えない。冒頭は「コンスタンティン」のパロディかと思ったが、この作品の演技と然程かわらないのは、テッサの中にある真実が彼女の演技から伝わってこなかったからであろう。尤も、これはレイチェルの演技の問題でなく、前述したエモーショナル・ラインをぶつ切りにしてしまった脚本の問題だと思うが。寧ろダニー・ヒューストンの演技が見事であった。この人って監督業が本業なのだろうが、「功名が辻」の三谷なんかと違って、役者としての活躍も今後期待できそうだ。ヒューストンってどこかで聞いた名前だと思ったら、父は「黄金」でオスカーを獲得したジョニー・ヒューストン監督。この人も監督と役者の両建てだった。次いでながら、この「黄金」に出て、助演男優賞を取ったのが、ジョニーの父、ウォルター・ヒューストン。って、ことは、あのアンジェリカ・ヒューストンはダニーの姉(彼女も「女と男の名誉」でオスカー助演女優を獲得)ってことで、そう、知らなかったこととはいえ、最後はオスカー一家ヒューストン家の紹介になってしまったようだか・・・。そうそう、音楽は良かった。

早いもので、オスカー主演女優作となった「ウォーク・ザ・ライン」のDVDが発売されたので早速購入して改めて鑑賞したが、このレイチェルが助演なら、あごムスメの主演もありかって妙に納得してしまった。この作品は随分身近に観にいきたいという人が沢山いるのであるが、筆者的にはDVD、それもレンタルで充分だと思う。


公式サイト


allcinema ONLINEの作品ページ
goo映画の作品ページ


よろしかったら、こちらにご協力を。映画のブログも検索できます。
人気blogランキング

ついでながら姉妹ブログへもどうぞ
「情報過多で悩むあなたに」
「東京の原景を探して」
[PR]
by turtoone | 2006-05-30 21:27 | 映画(な行)

ダ・ヴィンチ・コード

b0046687_1621748.jpg
全世界で6000万部のセールスを誇る大ベストセラーの映画化である。普段はあまり映画化される作品の原作を読む機会に恵まれない筆者ですら、流石にこの作品は読んでいるものの、映画作品化に向いている原作とは全く思えなかった。この原作が映画化されることにより、多くの誹謗、中傷、偏見、批判が色々なところから発せられるのは分かっているし、同時に映画という「視聴覚」での表現は、字間に表現される微妙なニュアンスをも、明解に描写してしまうものだ。だが、一方で大いなる期待としては、ロン・ハワードが監督であること、また、世界のトップスターであるトム・ハンクスと、ヒロインにオドレイ・トトゥを起用したこと。この「エンタメ」度が、原作映画化の不安を一瞬吹き飛ばす大きな要因になってくれたのは間違いない。全世界同時公開を、それもカンヌ映画祭の最中という日取りを選んだことも、多くの思惑が交錯する選定以外に何者でもない。しかも、もしかしたらこれも製作者サイドの狙いだったかもしれないが、カンヌでの近来、稀にみる不評。原作の内容を考えれば当然であり、逆にこのことが、全世界的に「何故だ?」という動員を計れることに大きく繋がることも十二分に考えられる。事実、日本での出足は大変良いらしい。もっとも、日本人の大半は、この原作に対し、前述した偏見や批判の類いとは関係ない「宗教性」の枠におさまっているので、もっと純粋な意味での「映画鑑賞」が出来るのではないかと推測するが。

結論から言えば、まだ原作を読んでいない方は、原作を読むの前にこの作品を先に鑑賞して頂きたい。原作はハードカバーで2冊、文庫本でも厚めの3冊だから、どんなに暇で早く読んでも2日は係ってしまう。だったら先に映画を観て欲しい。筆者の場合は大概、映画が良かった場合に原作で細部を確認することが多いが、この作品に関しては映画化の話以前に読んでいるからそれが適わなかったが結果論として後から読んだ方が、映画も原作もどちらも面白いので、それをお薦めする。

しかし、一方で原作を読んだ後の鑑賞でも、こ映画作品が大変良かったのは、ひとえにロン・ハワードに尽きる。筆者は「ビューティフル・マインド」「シンデレラ・マン」の鑑賞記でも述べたように、兎に角、この監督が撮る映像の美しさにはいつも脱帽する。今回も、ひとつひとつの映像描写が大変美しい。ルーヴルの撮り方であったり、出演者の心境描写、又は謎解き部分の、美術品と最新技術の合成描写に関しては、原作で個々が持ってるイメージをもさらに膨らませてくれる。超一流の美術品を100%忠実に、しかし、一方で己の持つ芸術性をそこに吹き込むことによって映像いう解釈の新しい美術品をこしらえてしまう。ロン・ハワードの素晴らしさはそこにある。同時に、脚本に関しても、必要最小限の要素を残すことによって、不自然でない物語を作り上げた。正直、原作は「ミステリー」であるから(和訳しか読んでないが・・・)文章表現や構成は雑である。文芸作品でないから、出演人物のキャラの構築も甘いし、問題提起の順序も必要に先を急いでいる感は歪めないし、何しろ出演人物が魅力的でない。又、ミステリー小説だと考えても推論の構築が甘い。単に基督教歴史の問題視をしたに過ぎず、タイトルにある「ダ・ヴィンチ」の芸術性は全く無視している。第一この長編をそのまま忠実に映像化すれば、ゆうに4時間に近づいてしまう。そこを150分に纏めたところも手腕である。確かに色々サイドストーリーとして不明な部分(例えば、ソフィーの血縁関係、シラスの入信等々沢山・・・)はあることはあるが、しかし、原作を知らずに映画を最初に観たとしたなら全く問題はなく、寧ろ、逆に何故こんな細かいことまで原作には書かれているのかと物語の構成上は疑問符を投げかけたい部分に変わっていた。そういう意味では映画化されることによって洗練された作品である。ラストへの持って行き方も、原作より映画の方がずっと分かりやすく、しかも、原作の間違いを質す節もあったのにはニンマリした。筆者も同じ様に思っていたからだ。

俳優に関して2つだけ書くと、オドレイに関しては、やはりハリウッドは女優を綺麗に撮ることをもっと勉強してほしい。確かにそういう内容ではないと言われるかもしれないが、オドレイは、本国フランス作品ではもっともっと綺麗に撮ってもらっている。筆者がもし、カンヌでブーイングを発するとしたら、この一点だけである。そしてシラス役のポール・ベタニーは、「ビューティフル・マインド」以来のロン・ハワード作品の出演であるが、実に監督の意図を理解していた。出演者のサイド・ストーリーが削られる中で、多少、このシラス役はパーセンテージとして露出が多かったのは、ロン・ハワードの持つ、基督教と欧州の歴史に対する主張と「自己犠牲」としての批判を描写しているものと受け止めた。「ビューティフル~」では主人公の空想の人物を見事に演じたポールが、今回は、原作にない監督の主張を演じきった辺りの共通性は、映画ファンとしては最大の醍醐味である。

最後に、この映画作品は多分、一般にも評価は高くないと思う。しかし、筆者の評価は特Aまでいかないが高い。理由は簡単で、6000万部売れたかはしらないが、ミッション・スクール育ちで信者ではないが多少研究材料として基督教を理解し、最後の晩餐の12人目をマグダラのマリアだという出発点からの邪推のみを繰り返しつつ展開する何の文学性も持ち得ない原作を、映画という総合芸術によってダヴィンチ美術の高い芸術性と、宗教対立やキリスト伝説を比喩したオブラートに包み込んで世に出した話題性を比べれば、この映画作品の役割りは大変大きく、また、評価の出来る内容に仕上がったからである。

前述したが、先に映画を観て欲しいといったが訂正で、映画で納得した方は、原作を読む時間は勿体無いと、筆者の多少自負できる読書経験と中世基督教研究歴、及び、一ダ・ヴィンチ・ファンとしてご忠告申し上げる。


公式サイト


allcinema ONLINEの作品ページ
goo映画の作品ページ


よろしかったら、こちらにご協力を。映画のブログも検索できます。
人気blogランキング

ついでながら姉妹ブログへもどうぞ
「情報過多で悩むあなたに」
「東京の原景を探して」
[PR]
by turtoone | 2006-05-21 16:04 | 映画(た行)
b0046687_23141638.jpg靴を頻繁に買うということは欲求不満の現われだと言われるそうであるが、だとしたらロニーほどではないが、筆者の家系は相当なものかもしれない。尤も、靴とは、各々の人生とか、所有とかそういう類いの比喩として良く使われる。靴の数だけ人生や所有がある訳ではないが、一方で欧米人に比べると、日本人は靴の選び方、履き方は我が家の例を見ても決してお洒落とはいえない。やはりつい100年前までは全く知りえなかった文化だからなのだろうかと思う。「草鞋」という道具で考えれば、「二足の草鞋」なんと言葉があるように、一般的に余り良い使い方はされないが、草鞋の文化と靴の文化は(服飾歴史の専門家ではないが・・・)かなり対極にあるという見方もできるであろう。洋服に併せた靴を選ぶことはあっても、和服を変えることによって変える「草鞋」は無い訳だから。

この辺りの文化の違いを理解するまでもなく、この作品では家族であるがゆえの沢山の誤解やすれ違い、又、分かり合えながら甘えあい、寄り添いながら、離れたがるという部分を見事に表現している。家族というのは人間社会の中で、「個」の次の最小生活単位である。同時に家族は時には「個」よりも強力な団結力を生み、同時に「個」よりも厄介なお荷物を抱える。だが、本来ある「家族」というものは、それを受け止めるのが宿命であった。文明が発展し、生活が豊かになり、人間社会というものは、そういう宿命というものを持たずに生きられるようになってしまった。10000年もの昔には、人間もカモシカの子供と同じ様に、誕生してすぐ肉食獣の餌食となる危険にさらされていたの如くの生活形態であり、だからこそ、「家族」という集団の秩序と規律を守って来た。前段で述べた「所有」という物が無くては生きること自体が成立しないのであった。

更にこの作品では「姉妹がゆえに・・・」を強調している。この姉妹はお互いに自分に不要な物を持ち過ぎている。しかし、それは物心ついたときから自分以外に女兄弟しか対象にするものがなく、合わせ鏡であり、反面教師だったのである。しかし、二人は初めて「離れる」ことにより、お互いの最も必要な物を取り戻していく。意外にもそれは二人に共通した「勇気」という行為であった。このことを気づくことにより、ふたりはそれぞれの新しい人生を歩んでいくのである。

同時にこの作品を感動的なものに仕上げたところの三人の女優、姉・ローズのトニ・コレット、妹・マギーのキャメロン・ディアス、さらに二人の祖母・エラのシャーリー・マクレーンの演技は特筆すべき出来映えである。シャーリーに関しては、今年72歳を迎えるということ以外、最早何も彼女を称えるに相応しい最上の言葉を見つけられない。筆者的には人間としても尊敬している事は何度と無くこのブログにも書いている。トニ・コレットも演技巧者だから、この役も彼女以外には考えられないと思えるくらいに演じてくれた。驚いたのはキャメロンであり、先日のオスカー受賞で、出演ギャラがリース・ウィザスプーンに抜かれたと言っても、ジュリア・ロバーツと並び、最高ランクに位置するひとり、シャネルのCMの「分単価」を除いては、ニコール・キッドマンよりも高い額を貰っている女優としては、おバカ映画以外に自慢できる主演代表作がなかったのも事実。筆者としては「ギャング・オブ・ニューヨーク」と並ぶ、彼女の「自慢」にして良い演技だと推奨できる。惜しむらくは「読書障害」の演技をもっと研究して欲しかった。

筆者も二女の父であるので、他人事ではない話だったのかもしれないが、本作品に至っては、娘の父親の心境には感情移入できなかった。それほど、女3人の描き方が強かった作品である。


allcinema ONLINEの作品ページ
goo映画の作品ページ

よろしかったら、こちらにご協力を。映画のブログも検索できます。
人気blogランキング

ついでながら姉妹ブログへもどうぞ
「情報過多で悩むあなたに」
「東京の原景を探して」
[PR]
by turtoone | 2006-05-15 00:06 | 映画(あ行)
b0046687_1194857.jpgこの作品と、「イン・ハー・シューズ」に関しては、筆者がとても忙しない時期の公開だったために、劇場上映を何れも見逃してしまった。そしてそれは大変残念なことだったとDVDで確認・反省した。どうも、キャスティングに関して偏見と抵抗感があったのがいけなかったと思う。すべての映画を鑑賞する訳にはいかない訳だから、せめて今後は勝手な偏見を・・・、しかしその見極めは大変難しい。しかしながら。そんな時に本来参考になるのが、従来は無かった、映画ファンブロガーの「鑑賞記」だと思う。特に、この作品は結構高評価をされている方が多く、昨年公開時にこれを知っていれば、多分滑り込みでもになんでも劇場に出かけたのだと思うと本当に残念だ。

筆者は余り邦画は詳しくないが、まずこの作品には「邦画の様な流れ」がある。漠とした言い方かもしれないが、会話の流れとシーンの構成が、各々で完結しているという意味である。日本の映画監督は伝統的にそういう撮り方をする。一方で、物語の繋がりが希薄である様にも見られるが、ひとつひとつのシーンの印象は強い。映画というのはコマ撮りの繋ぎ合わせなのだから、その「原則」に立って考えるとそういう作品構成は勿論「大有り」で、小津監督時代より、「台詞を喋る俳優を正面から撮影する」この画期的な発想以来、邦画は、全世界的にも可也特殊な歴史を持っている。意図してでなく、偶然なのかも知れないが、特に前半から中盤までは邦画っぽさを感じ、まさか、最近の邦画リメークブームに作品手法までも脚光を浴びてしまったのかと勘ぐった。何しろ、キャメロン・クロウ監督だから、あの独特の感性は何をキャッチするか分からない。特に携帯シーンはやたら「日本」ぽかったと思うのは筆者だけ?

この作品には沢山の要素が交錯していて興味深い。父の急逝から生を取り戻し、更に本当の父を再発見することによって自らの人生の再出発をするという流れが骨太く根底にある。だからこそ前述した「撮り方」があっても主題を見失うことはない。そしてその「骨太」に絡むショートストーリーは面白い。レーナード・スキナードをこよなく愛す従兄弟とその上下親子関係、初めて明かす母の父と町への情愛、クルマと道路を上手く使った主人公心境の迷いと、後半のナビに呼応する音楽センスの良さ(これは「あの頃ペニー・レインと」に匹敵)。それぞれが短編で確立している構成も心憎い演出である。まぁ、ラストシーンは骨太を強調しすぎて少し笑ったが。

そして、「筆者の偏見」を最も悔いたのが出演俳優陣の演技の濃さ。特にキルスティン・ダンストである。彼女はどうも筆者の勝手で「チアーズ」の印象が強すぎて、「スパイダーマン」、「エターナル・サンシャイン」とという所でも良い演技を多分しているのだと思うのだが、勝手にそこを見落としているのである。キルスティンといえば「インタービュー・ウィズ・ヴァンパイア」ではないか・・・。あの子役には感動したのであるが、どうも今までそれを忘れてしまったのだが、この作品の魅力的な演技は忘れない。彼女、作品に恵まれれば(勿論、この作品も良いが、賞絡みという意味で)、近い将来、ハリウッドを代表する女優になるであろう、そう、今年のリースの様に。(忘れていたが「モナリザ・スマイル」の演技も良かったなぁ~) オーリーの現代劇も良かった。というか、彼はこっちの方が良いのではないのか。クルマの運転シーンの演技には、彼の試行錯誤のゆえの拘りを感じる。クルマのシーンというし思い出すのはトム・クルーズ(「ザ・エージェント」や「レイン・マン」)で、彼に通じるものかせあり、この役者も今後期待できる。勿論、スーザン・サランドンは別格。「ムーン・リバー」のシーンでエンディングになっても良いと思ってしまう程。これは貫禄であり、最早コメントは不要である。


靴と帽子の比較も興味深い。靴で失敗した主人公の再生のキーワードが赤い帽子言うのも、どういう比較であるのかは別にして、映画後の主人公の再生は約束されている余韻に浸れる。それから、やはり「フリーバード」は名曲だ。


allcinema ONLINEの作品ページ
goo映画の作品ページ


よろしかったら、こちらにご協力を。映画のブログも検索できます。
人気blogランキング

ついでながら姉妹ブログへもどうぞ
「情報過多で悩むあなたに」
「東京の原景を探して」  
[PR]
by turtoone | 2006-05-14 11:30 | 映画(あ行)

ドミノ ~新作DVD~

b0046687_17513749.jpg劇場公開時はキーラのショート・ヘアーに惹かれて観にいったという不純な動機だったゆえに、余りにも予想外の作品構成だったので疲れ切ってしまい、とてもレビューを書く気になれなかった作品である。新作DVD発売でも実はそれは余り変わっていない。寧ろ、本人が登場している特典映像見たさに購入した様なものである。この作品は公開時に鑑賞記を書かれた方の殆どが言われている様に、題材やキャスティングは良かったのに、なんだかこねくり回し過ぎて、何を言いたかったのか全く分からなくなってしまったという典型的なパターンである。

回想シーンを繋ぐ作品という形式、所謂、主人公がストーリーテイラーになる構成は別にものめずらしくもない。ただ、歴史物ならいざしらず、その本人がその場、しかも今回は、取調室でFBI捜査官の質問に答えるという内容だから、正直なところ、彼女の回想シーンには、何もスリリングな内容を感じない。もしかしたら、この取調べ自体が過去完了であるのなら、その後に新しい事件も生まれるものの、その後のやりとりでそうでないことが分かってしまうと、後は、「賞金稼ぎ」っていう、西部劇時代に失業してしまったような職業の人物像の面白さしかなくなってしまう。「賞金稼ぎ」っていうのは、賞金を出す奴がいるから成り立っている商売で、要は、幼少時代から自分の居場所がなかったお嬢様がなぜ、この「雇われ」に行き着いてしまうという主人公のエモーショナル・ラインが最後まで理解できなかったのは、この作品の構成の悪さであろう。なぜなら、彼女が個々に行き着いた部分というのは、特典映像の彼女自身のインタビューを聞いている方が、実に良く理解できるからである。

逆に、彼女の真実を、大袈裟な効果演出を使うことによって別のものの仕上げてしまった責任は大きい。これでは舞台が戦場でないでけで、おんなランボーみたいな存在になってしまっただけであった。キーラの余計なメイクも大変気になった。本人が素顔で出ているのに、当時こういうメイクをしていたかどうかしらないが、正統派美女女優のキーラの顔をこんなに弄る必要はなく、むしろスッピンギリギリの方がずっと迫力があった。それこそが美人の特権ではないか?冒頭にも書いたが題材、つまり、「現代の女賞金稼ぎ」っていう設定(しかも真実・実在の人物)が良かったのだから、悪戯にこんなあっちこっちとんでしまう複雑な脚本にせず、時系列で話を進めた方がわかり易かっただろう。

実はこの作品で筆者が最も興味を持ったのは、主人公の父親がローレンス・ハーヴェイだということ。彼の作品はそんなに沢山は知らないが、筆者が印象に残っている彼の作品は、1954年英国製作版の「ロミジュリ」のロミオとジョン・ウェインの「アラモ」、それに「刑事コロンボ」のチェス世界チャンピオン役である。特に、コロンボの犯人役はよく覚えているのは、コロンボが相手をする名だたる完全犯罪仕掛け人の中でも、そのトリックは十指に入るものであった。リトアニア出身の彼はイギリス作品に出ることが多く、オスカーにはたった一度だけ第32回に「年上の女」という作品で主演男優賞にノミネートされ、同作品の主演女優であるシモーヌ・シショレは見事に栄冠に輝いたが、彼は相手が悪かった。そう、ご存知の通り、この年は「ベン・ハー」が11部門を獲得した年で、当然ながら主演男優賞はチャールトン・ヘストンだった。1973年に45歳の若さで逝去したが、もしもっと生きていれば晩年は「濃い顔立ち」を活かした良い役どころが回ってきたのではないかと思うと残念な人であった。彼の主演作に「殺しのダンディー」という二重スパイの役があったが、何か、自分の存在を見つけられなかったドミノ・ハーヴェイに通じるものがある。

新境地に挑戦したキーラだったが、企画物っぽくなってしまったのが残念。キーラはやはり正統派でもっと力を付けた方が良い。


allcinema OLINEの作品ページ
goo映画の作品ページ


よろしかったら、こちらにご協力を。映画のブログも検索できます。
人気blogランキング

ついでながら姉妹ブログへもどうぞ
「情報過多で悩むあなたに」
「東京の原景を探して」  
[PR]
by turtoone | 2006-05-06 17:56 | 映画(た行)
b0046687_22421924.jpg1972年に公開されたこの映画作品は、色々な意味で各方面に多大な影響を与えた、余りにも有名な作品である。筆者もまだこの作品が公開された頃というのは、リアルタイムで劇場公開が出来る年齢ではなかったが、それでも当時、級友の間ではテーマ曲(テーマ曲くらいしか中心の話題には出来なかった)と同時に、色々と物議を醸したものであった。特に、当時としてはまだ、多分はじめて聞く俳優の名前としての「アル・パチーノ」は、既に友人の殆どが知っていた「アラン・ドロン」となぜか分からないが妙な比較を試みていたと思う。そういえば、後々にアイドル歌手が「アランドロン+アルパシーノ<あなた」というタイトルの曲を歌っていたが、男子校だったということもあるが、アランドロンという俳優が一番格好良くて、でも、それよりも格好いい奴が現れたって、そんな注目度なんだったのだと思う。この作品の全編を観たのは、勿論、もっとずっと後のことで、まだまだ、ビデオだって廉価版が出ている時代じゃなかったので、最初はテレビのロードショー番組だった。しかも、ご丁寧にノーカットという触れ込みで、この最初の作品(既に、Pt.2も公開された後だったので・・・)を2週にわたって放映された記憶がある。

ところで、この作品の全貌に関して、筆者の拙い映画知識と文章力で表現することは不可能だから、はじめからそんな大それた事は考えていない。だからこの作品について幾つか知っていることとか、筆者の個人的な考えを書く。

まず、面白いと思いのはこの作品が生まれた背景である。映画歴史的に言うと、この当時は、何かとこういう作品が多かった。例えば、オスカー作品的に考えてみると、1971年が「フレンチ・コネクション」、この作品を挟んで、1973年が「スティング」、1974年はこの作品の続編と、4年連続でギャング物が続く。当時のアメリカの時代背景を考えると、一向に終戦がみえないベトナム戦争はカンボジア内戦の勃発に繋がり、1971年はロサンゼルス大地震、更にはドル・ショック等、第二次世界大戦以降、国際政治・国際経済で世界のリーダーであつたアメリカの土台が徐々に崩れ始め、同時に大自然の驚異も味わった。アメリカ国民は、一体自分達が本当に信じられる物は何なのかを模索し始めた時代である。この作品はアメリカの裏社会描いている一方で、アメリカという「合衆国」という名の下にある国は、一方で他民族集合体であるが故に、国民各々のルーツを考えて行くと、ひとりひとりにある資質がイコールアメリカなんだと言うことを表現している。マフィア社会作品ゆえに、一見残酷に思える殺戮シーンが多いが、これはこのアメリカという社会が日常繰り返している、多くの人間の失敗と失望の表現である。しかし、同時にアメリカという国は、それを失敗や失望で終わらせず、その淵から這い上がり、立ち上がる人間には必ずチャンスが開かれる社会であることを描いている。要するにこの社会全体が失望の淵にある時代に、マフィアを題材にしながらも、アメリカ国家の根源を国民に伝える必要があった時代なのである。

次に、この作品の豪華なキャストに関しては改めてここで述べる必要もないが、この作品に関して言えば、2度目のオスカー主演男優賞(しかし、この作品では受賞拒否)の演技をしたマーロン・ブランドに尽きる。特に、2作の続編で定番シーンとなっていく、ゴッドファーザーの謁見場面のスタンダードを作りつつ、同時ににこの場面に作品内のステイタスを作り上げたことは、彼の演技の功績による以外何物でもない。後の2作、及び、ゴッドファーザーとなる三男マイケル(アル・パチーノ)のドンのなっていく過程の演技といい、又、Pt.2で若き時代のビトー・コルレオーネを演じるロバート・デニーロがゴッドファーザーとなったマーロンの演技に忠実に演じているところといい、この一代シリーズの根本から、同時にアメリカにおけるマフィアのドンのイメージまで作り上げた彼の影響力はこの作品以上にアメリカ全体に大きな刺激を与えたに違いない。

この作品を各論から論じていると限が無い。観点も多く、又、影響力も映画界のみならず多方面にわたっているからであり、要するにここではとても言い尽くせないからこの辺りで終わりにしたいと思うが、ひとつだけ、一映画ファンとして各論に触れれば、高速道路の蜂の巣シーンは「俺達に明日はない ~ボニーとクライド~」を思い出し、逆に同作品の先見の銘を証明した形になったのが、ウォーレン・ベイティのファンとしては嬉しかった。


allcinema ONLINEの作品ページ
goo映画の作品ページ


よろしかったら、こちらにご協力を。映画のブログも検索できます。
人気blogランキング

ついでながら姉妹ブログへもどうぞ
「情報過多で悩むあなたに」
「東京の原景を探して」  
[PR]
by turtoone | 2006-05-05 22:46 | 映画(か行)
b0046687_1072144.jpg総合芸術である映画というのは、大衆娯楽であると同時に、時に大型メディアとしての機能も併せ持つ。戦争映画、特に第二次世界大戦モノはどちらかというと娯楽的作品として伝えられてきた。世界大戦においてアメリカは正義であり良心である。そしてその精神にのっとった戦場の英雄達は輝かしい活躍をし、中には殉職した者もあった。こういう感じである。そして、(それが真実か否かはどうであれ)、映画という世界の持っている冒頭の影響力から、アメリカは国を挙げて、こと、戦争に関しては大衆娯楽という大風呂敷の中に、メディアとしての国民へある種の洗脳を吹き込んで来た。これは申し訳ないが、ハリウッドを中心としたアメリカ映画界の罪であり、過ちである。

筆者は戦争映画は正直なところ余り良くわからないし、勿論そんなに好きでは無い。要は、過去の作品はとにかく戦場のシーンが圧倒的に多いからであり、最近この矛盾点は何なのか少し研究してみようかと思ったりもしている。戦場というくくりに関して言えば、例えばスペクテル史劇といわれる歴史モノにも、勿論戦場が出てくるがはじめに戦場ありきではない。残酷とかエグイとかいう括りで考えれば、刀で首を切り落としたり、矢が瞳を突き刺したりする方がずっと残酷である。しかし、何故、昨今の戦場の方が残酷に感じるのはリアリティの問題である。筆者の年代はベトナムを知っている(勿論、戦場に行ったという意味ではない)。ベトナムで何が行われていたかではないが、その戦争自体に反戦運動という名前で大反対している行動を、日本でも良く見かけた様に、リアルタイムなものほど、リアリティを感じるのである。もうひとつには、戦争映画というのは、あまり政治を描いてこなかった。歴史モノというのはどちらかというと「政治ありき」で、主人公も歴史に名を残す人物が多く、(歴史は勝者が作るといってしまえば終わりであるが)その一過程として戦場シーンが出てくるのであるが、昨今の戦争映画は人物の描写も弱いが、政治との関わりが薄いものが殆どであった。人物描写という点では、例えば「西部戦線異常なし」などの名作では、必要以上に小隊の人間関係や、ひとりひとりの人物に焦点を当てていて、またに、ラストに繋がる部分では、暗に軍部批判をしていると感じられるのであるが、まだ政治しの関わりに関しては希薄であった。寧ろ前述したように、「パットン大戦車軍団」のような戦争ヒーローを創出することで、戦争当時の政治より、公開当時の政治的配慮を感じてしまうのである。奇しくもこの両作品はオスカーの作品賞を獲っており、前者が文豪レマルクの名作という題材も良く、又その後(1933年)の反戦映画のスタイルを決定付けたものである一方、後者の様な作品が実は筆者がこれまでの戦争映画に疑問符を投げかける象徴的な内容であることは、ここまで書かせて頂いた部分で多少、お分かり頂けたと思う。

この「プラトーン」も、オスカー作品である。作品賞だけでなく、監督賞、音響賞、編集賞と4部門に輝いた。しかも、オリバー・ストーン監督はすぐ後の4年後にも「7月4日に生まれて」で同じくベトナムを扱って2度目の監督賞を獲得している。この作品は所謂リベラリストといわれる人たちから大絶賛を受け、これまでの英雄指向の映画作品やベトナムの報道、及び公開当時の世界各地の局地戦争への介入に関する報道はプロパガンダであるという言論が堰を切った様に湧き出した。そういう意味では、映画界に「戦争解釈の自由」が生まれた様に、この後は自由解釈の作品が増えて来た。この作品で筆者的に興味があるのは、出演人物が「政治」を語っていることである。政治というのは、何も国家政治だけではなく、小隊のあり方だったり、お互いの生き方だったりしていて、それがその言葉を発する「人物成り」というところに大いなる興味を感じる。勿論、この作品が絶賛された「ベトナムの真実」という部分はセンセーショナルであったが、所謂オリバーストーンのベトナム3部作の中で、筆者的には「7月4日に生まれて」を高く評価しているのは、この「プラトーン」から更に一歩踏み込んで、一人物の人生を通しての戦争を通じた政治背景とその関わりを描いたからである。(プラトーンはその題名通り「小隊」から政治に対して発しているのであろう。)

同時にこの作品は(制作費の問題もあったかもしれないが・・・)、大変魅力的に俳優が沢山出演している。後々のビッグネームも多く、この辺りにもストーン監督の俳優を見極める「選出眼」の非凡さをも感じられる。


allcineme ONLINEの作品ページ
goo映画の作品ページ


よろしかったら、こちらにご協力を。映画のブログも検索できます。
人気blogランキング

ついでながら姉妹ブログへもどうぞ
「情報過多で悩むあなたに」
「東京の原景を探して」  
[PR]
by turtoone | 2006-05-04 10:10 | 映画(は行)
b0046687_14305363.jpg余りにも有名な文学作品の映画化である。劇場公開鑑賞時にはこれだけの待望作だったにも関わらずレビューを書いていなかったので新作DVDとして取り上げた。しかしこれだけのシェイクスピアの名作がアメリカ(正確には4カ国の合作)で初めての映画化というのも少し驚いた。1923年にドイツで製作された映画作品があるらしいが勿論、鑑賞したことは無い。しかし、ウィリアム・シェイクスピアのこの戯曲作品は日本では最も多く舞台上映された作品でもあるといわれている。又、英文科の家内は大学で最初に翻訳の課題として出された物であるらしいが、同年代英文科の友人達に聞くと、殆どがこの作品の「翻訳体験」はあるらしい。原作は勿論戯曲であるから文章で読むと少し分かりにくいが、この作品は主役であるシェイロック(ユダヤ人の金貸し)の所謂「一人芝居」を軸に「箱選び」、「指輪紛失」、「人肉裁判」、「ジェシカ(一人娘)の駈落ち」という四つの挿話を組み込んだストーリー構成になっている。シェイクスピアが個人的にも好きで、また偉大だと思うのは戯曲という限られた表現方法の中で、様々な文学技法、物語構成、風刺、人物描写を試み、そして完成させているところである。「ダ・ヴィンチ・コード」(別にこの作品を選んだ理由は然程重要ではないが、今一番話題になっている推理小説ということで・・・、別にシドニー・シェルダンだっていい。)なども、私小説と違って数人の視点によって物語が構成されているが、やはりその心理描写が分かりづらいのは、シェイクスピアが単に戯曲という構成を取って発言者を明確にしているということだけでなく、彼が試みて後世に残した(当時としては)実験的手法がいかに的確なものであったかが、現代文学と比較して本当にそう思う。

さて、原作ではユダヤ人の金貸しが凄く憎らしい印象だったが、アル・パシーノだからか、脚本上の理由からか妙に哀れに思えてしまう。しかし、鑑賞時にも思ったが、原作がシェイクスピアという、大文豪であるが同時にイギリス人という大英帝国の誇り高き民族独特の、他民族への大いなる偏見・排他を強すぎる程感じるように、もしかしたら、この物語はこれくらいに感じるのが丁度良いのかも知れない。シェイクスピアの作品群を分類すると、喜劇と悲劇という分け方とか、現実劇と幻想劇等それ以外にも時系列とか色々な分け方があるが、これは喜劇で幻想劇という様に筆者的には分類する。勿論異論もあると思う。

ただ、なぜ今この「ヴェニスの商人」の作品化なのかと考えてみると、やはり9.11以降の、アメリカを中心とした「差別色」の強い風潮が背景にあることは拭えない。今年のオスカーも、「クラッシュ」や「ブロークバック・マウンテン」、「スタンド・アップ」が脚光を浴び、注目された様に、差別化作品が大変の多い昨今である。しかし、そんな作品が余りにも多いので、逆に本映画作品作は差別が和らいだ作りに見えるのが皮肉である。しかし、それは実はそうではなくて、シェイクスピアの主張は何も「差別」だけで無く、法の重さであったり、神への畏敬の念であったり、愛の価値であったりという、人間や人間社会を取り巻く色々な視点からしっかりと時代を捉えていることである。つまりは今更ながらシェイクスピアの完成されかつ感動的で情感溢れる作品に拍手してしまうのである。現代文学は、なぜこの域に達しえないのか。

映画作品的にも沢山の見所があった。前述したアル・パチーノしかり、ジェレミー・アイアンズしかり、又特に、「恋に落ちたシェイクスピア」でこの大文豪を演じたジョセフ・ファインズ役柄がバッサーニオで、相手役であるポーシャがまたまた男装してしまうあたりは映画ファンとして溜まらない配役だと思う。この作品、昨年の鑑賞時には89点だったが、DVDを何度か見直して、90点とA作品に繰り上げてしまった。

全然関係ないことであるが、昔、芝居を演出していた時に「ヴェニスの使用人」という戯曲を書いたことがある。喜劇であるが身内にも評判が悪く、一度の公演で止めてしまったが・・・。


allcinema ONLINEの作品ページ
goo映画の作品ページ


よろしかったら、こちらにご協力を。映画のブログも検索できます。
人気blogランキング

ついでながら姉妹ブログへもどうぞ
「情報過多で悩むあなたに」
「東京の原景を探して」  
[PR]
by turtoone | 2006-05-03 14:47 | 映画(あ行)