暫く療養と入院、更に手術をしまして映画ブログは更新を怠っておりました。作品は鑑賞してますので、徐々に復帰させていただきます。今後共、よろしくおねがいします。


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カテゴリ:映画(や行)( 7 )

容疑者χの献身

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今年度の期待度ランキングには出なかったが、実は密かに今年一番期待していた作品かもしれない。そもそも昨年のテレビ放映中から映画化を前提としていたコンセプトに感銘していたので、気合いの入れ具合にこちらも久々に民放のドラマとしては全部見た。フジでは「踊る大捜査線」などもテレビ、及び映画で大ヒットしたが、最初から映画化は明言していなかったからそれを考えると斬新なコンセプトと同時に(映画の側から見れば)もの凄く金をかけたプロモーションであり、テレビを利用しているということは、そのプロモーション費用の殆どは自腹ではなくスポンサードされているということ。取り組み自体が斬新だし、フジ報道機関としては有能な論説も少なく一流ではないが、こういうメディアという面では柔軟性も高く賢い。そして福山。何か他人の気がしないと言ったら、本人並びにファンの方々に怒られる(既に家族に顰蹙をかっている)が、彼のことはデビュー当時から良く知っている。カラオケでも良く熱唱させて頂いている。この辺りを総合すると実は陰の期待度ナンバー1だったりしている。

ところでこの作品は、現代版「罪と罰」である。また、意外でもあり、そして感心したのは、テレビと違い「映画版」。というか映画の作りに徹していたところである。単なる小細工でなく、スクリーンを細かく観ていると湯川博士で無くても鑑賞者にも謎が解ける展開と見せ方、つまりはテレビのようなあっと驚く科学現象を使って解くのではなく、然程仕掛けの規模も大掛かりにせず、2時間という時間を上手く使って人間ドラマを作り上げた。この感覚もとても斬新であった。特に湯川と石神の人間性を前面に出しつつ、かといってそれを対比させるのでなく、二人の人生観を丁寧に描いたところは好感が持てた。特に、筆者においては前述したように、テレビ版が結構毎回派手で度肝も抜くようなトリックを巧みに操っていたことから、それをそのまま銀幕にスケールもアップして持ってくるのかと勝手に想像していたので、それが良い意味で裏切られたことは嬉しい。同時にテレビ版では、事件そのものの謎を解くのではなく、あくまでね湯川には事件の背景は誰がやったかではなく、そのトリックを科学的に証明することに徹していたが、終盤になってトリックだけでなく、事件の背景やその人間関係にも多少興味を持ち始めた湯川が現れて来ていたが、今回は、その湯川自身が「天才」と認める数学者が相手で、後半は、寧ろそのトリックよりも、以前の同級生で天才数学者石神という人間に興味を持ち、結果的にそれが、この完全犯罪を覆すヒントになったという構成が、テレビ版とも上手く連携しつつ、且つ、映画らしい作品を作り、同時にこの作品はこれだけで完結させたことは大変大きい。

また、そのためのキャスティングもよく、特に松雪の存在は大きかったし、レギュラーメンバーである、柴崎、北村のキャラはテレビよりも際立って見えた。そして今回作品の中心のふたり、福山と堤は前述したように言うまでもない。

筆者もそうであるが、確かに凄く大きなスケールのガリレオを期待していたが、そこを思いっきり裏切ってくれて、新しい人間ドラマに仕立ててくれたことは大きい。そして、願わくば、映画のシリーズとしてガリレオは定期的にこの路線で続けてくれると良いと思うのだが・・・。


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by turtoone | 2008-10-05 23:57 | 映画(や行)
b0046687_02519.jpgこの作品も今年の早々に鑑賞したのだが、やはりきちんと細部を確認したかった作品。今年はなぜかこのパターンが多く、だからどうしてもレビューが遅れてしまっている。この傾向が暫く続くんのではないかと思う。

東西ドイツ時代というのは、同じ第2次世界大戦敗戦国のその後の境遇として、よく、日本ももしかしたらドイツや朝鮮半島のようにふたつに分断されていたのだということを幼い頃から何度と無く聞いた。それらは複数人によるもので色々な意味があったと思う。例えば、比較的筆者に近い血縁者は、日本は二度と戦争を起こしてはいれないという戒め、つまりは、戦争結果論の悲劇として分断の悲劇を語り、一方で地学的に言うと日本にはフォッサマグナという分断線があり、これは地形上のことだけでなく、古来、そもそもはひとつの大陸の中で違う民族同士の争乱の基となっているし、朝鮮半島は、中国から「半島」とよげれている時代から南北に国土は割れていたという、歴史学的・科学的な見地もあった。今、考えると、そういう色々な意見が平気で言えたこと自体、我が国は幸せだったのだと思う。

この作品に物語に関しては、特に何もコメントの必要が無い。というか、こういう事実があったということ自体はある程度憶測していたものの、やはり実際に行われていたとするとショックな出来事である。こういう作品を観るたびに国家というのは、我々一般市民にとって一体、どういう意味があるのだということを必要以上に考えてしまう。人が集まって国家が出来るのではなく、国家という崇高な理念の下に人が集まってくるのか? そしてその選択の自由は人にあるのか国家にあるのか? 国家とは人民なのか政府なのか? 国家という体制を正そうとするのは善なのか罪なのか? これらを明確に答えることはできないし、明確なものを判断できる術はない。なぜなら、国家も人の集合体であることは紛れもない事実であるからだ。そして、この国家という存在は常に人間を悩ませてきた。そして、英雄を生んだ。間違った英雄も生んだ。人間の歴史が戦いの歴史であるように、しかし、その原点というのは集合体という国家の理念の違いであるところが大きい。その国家の苦悩の部分をふたりの正反対に生きる人物に当用したのがこの作品である。ひとりずつの人間に各々の理念を集約させた描き方が、この映画作品の見事なところである。つまりは、このふたりの人間の尊厳という部分をクローズアップさせることにより、起こっている問題をより明確に表現できたところである。

そして、大事な部分はこの作品を今、こういうタイミングで映像化したことである。戦争責任とは、他国に言われることでなく、その責任むあるべき国が自国から発する言葉である。西ドイツは大戦60年に様々な謝罪を行い、戦後、ドイツが戦争によって学んだことを須らく公表、還元することを努力・約束した。そしてヒトラーについては改めて謝罪しもそしてやはり間違いだったと謝罪した。国家としてだけではなく、民衆も芸術もすべてがそういう結論を出した。だからこそ、この作品にも価値がある。今、この東ベルリンの事件を持ち出しても、統一後のドイツの国民には然程センセーショナルではない。なぜなら、それには元凶があり、しかもそれを乗り越えひとつになり、そして旧東も一緒に60年で謝罪をした。同じ敗戦国としてやはり学ぶ点が多々ある。

1984年の東ドイツは、ポーランドやソ連という東側大国との関係か可也複雑になっていたが、この作品では殆ど取上げられなかった。残念だが、この辺がもっとクローズアップされていたら、もっと高得点をつけられたと思うが、この作品はA作品である。


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by turtoone | 2007-11-06 00:05 | 映画(や行)

ゆれる ~新作DVD~

b0046687_23455683.jpgこの作品は中々骨太の気合の入った作品だ。邦画で気合の入った作品というと、筆者の中では、「復讐するは我にあり」とか「太陽を盗んだ男」とか「楢山節考」とか、要するに20年以上も前の作品なのだが、今それらを観てもどうかは良くわからない。観た時期というのが自身も血気盛んな上昇気流に乗っていたという事があるのかも知れない。最近はコンサバなのかもしれないが余り邦画で気合の入った作品に出会った経験がないから印象が残った。

男二人兄弟というのは、筆者にとって全く想像もつかない環境である。筆者には妹がひとり、又子供も女二人姉妹なので、全くといって経験則が無い。ただ、男ふたりだったらどちらが良いかと尋ねられたら、即座に「弟が良い」と言ってしまうだろう。別に兄貴が欲しいという訳ではないし、何故だか分らないが、弟が良いと思う。下が妹だとしても現実に「兄」であり、そういう意味では兄に飽きたのかもされない、因みに家内は長女で下に弟がいるから、余計なのかも知れない。

家族に、中でも実は最も心を許せる存在というのは兄弟である。どんなに厳しくもなく、怖くもない親だったとしても、親というものは基本的に立場が全く違う。少なくとも友達にはなれない。しかし、兄弟というのは、時として色々な存在と化してくれる。特に昨今、日本では兄弟の数が少ないから余計である。昔のように、兄弟が5人も6人もいれば、不思議とそれぞれの役割というのが決まってくるのは。集団生活の慣わしで、人数が多ければ多いとほど役割というのは細分化される。それは企業でも同じで人が集まるというのはそういうことだ。しかし、一方で兄弟の数が少ないとその役割は増える。と、同時に○○の~という決め付けがされやすくなるのも事実。この兄弟もそうであるが、兄弟が6人も居れば、例えば同時に学期末で通知表をもらって来たとしたって、「誰が一番良くて、誰が一番良くない」くらいで間の4人は余り注目されない。しかし、二人だと(二人とも学年トップなんて兄弟は稀にしかいないから・・・)顕かに出来る子と出来ない子に分けられてしまう。そんなものだ。

そして兄弟というのは簡単に分りあうことが出来る反面、簡単に甘えあい、簡単に傷つけあうことが出来てしまう。ついさっき尊敬し誇りに思っていた者を、次の瞬間嫉妬と憎悪の固まりになる。それが兄弟間の間だけで済んでいた時代から、今は少子化、そして中には一人っ子もいるから、その対象が兄弟以外の外の者に向けられ、結果的らそれが発生する悲劇は、成るべくしてなったこの国の犯罪の種子である。ただ、この弟の最終的な決断は、それまでの揺らいだ兄弟関係に終止符を打とうという強い意志であった。裁判という法の裁きでなく、人として人が裁くという事、これが当事者にとって本当に正しいことかどうかなんて、人生の最期の時を迎えても分るものではない。そういう意味では弟の行動は筆者には残念ながら理解できない。敢えて言うことができるとすれば、穿った見方かもしれないが、自分に降りかかる積年の呪詛を兄を介在にして取り放ったとでも言うのであろうか。吊り橋のやりとりがどう見えたかではなく、どう見たのかがこの作品の大きなポイントであり、その「どう見えたかという種」は自身の行動による自責の念が一番強かった筈であるからだ。邦画がこういう作品を作ると上手いと思うのは、実は、この国の民族の根底に脈々と流れる共通の血潮なんだと思う。言い方を変えれば「泥臭い」って奴だし、こういう作品を筆者は歓迎する。

しかし、ひとつ気になり、且つ感心したのは、8ミリカメラテープに「昭和55年」という表記の映像があるが、この時代に8ミリ撮影しているのは相当な通だと思う。筆者の記憶では確かにまだ高額だったけれどビデオカメラがそろそろ出回っていたし、相当な動画好きだった伯父も、もうこの時代には8ミリの「テープが手に入らない」と、撮影を止めてしまっている。従兄弟も殆どが成人していたということも関係があったかもしれないが・・・。序でながら、あの中途半端な重量で持ちにくいカメラであの程度の手ぶれで取れるのは、お母さんの腕前は大変なものだと思った。


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by turtoone | 2007-05-05 23:47 | 映画(や行)
b0046687_17554095.jpg公開時もそうであったが、兎に角最初から最後迄、息をもつけぬほど画面に食い入って観た。近年、こんな鑑賞体験は稀であった。勿論、時間が経つのも早く、1時間くらいしか観ていないのではないかと思う感じであった。公開時にレビューを書かなかった(書けなったが正しい??)のは、忙しなかったこともあるが、余りにも展開が早くて細部を理解できなかったこと、この物語が犠牲になった方々の遺族の貴重な証言よって製作されているということで、生半可な記事を書く訳にもいかないと思ったからだ。今回、DVD発売に併せて何度も細部を確認することによって、この作品をより理解したいと考えて今回のレビューに至った。

大きく分けて、この作品は二部構成である。第一部はワールドトレードセンターに突っ込んだ2機の異常な動向を管制センターの場面を中心に展開している。これも貴重な証言を繋ぎ合わせて作成した脚本である。そして第二部はハイジャックされたユナイテッド航空93便内部での、乗客とテロリスト達との壮絶な戦いである。どちらの場面にも共通しているのは、出演人物ひとりひとりの心理描写が見事なのであるが、これは、「貴重な証言」によるものなのだからであろう。そして、特に、後半の部分は本人ではなく遺族の証言である。旅客機と地上の、しかも一個人との交信がこんなに簡単にできてしまうという文明の利器にも驚く一方で、今まで飛行機のトラブルはブラックボックスでしか判明できなかった部分が、生々しく外部にも伝えられたえられた事実にも、この作品を構築している一要因だと考えると、文明の進化とは残酷である。また、この作品を筆者にとって、とても短く、画面に食いついてしまうシーンの連続にしてしまうものにカメラワークの臨場感がある。この作品は、カメラワークによってまるで「ドキュメント」を観ているような誤解、勘違いを与えてくれるのであるが、これが実に効果的だ。管制センターのシーンでも、カメラを固定させていないところで、フレーム外の人々の緊張感や動揺を伝えているし、例えば、比較的安定している(というか、まだ情報不足で緊張感の薄い)場所に関しては、カメラ自体も固定してあるので、その差が焦燥感となって鑑賞者にきちんと伝わってくる。ユナイテッド93便も方も同様(というかそれ以上で)、まだ飛行機が離陸していないときのカメラワークは、被写体になっている人間で全然違う。特に、乗客のひとりひとりに関しても、それぞれのカメラアングルを用意しているし、パイロットや客室乗務員も、それぞれのフライトに対するその時の思いがきちんと伝えられている。テロリスト達だけが、既に、異常興奮を何とか抑えようと(冒頭コーランのシーンからもそうであるが・・・)している心境も、すべて、カメラワークひとつで他の効果を殆ど使わずにこなしている。この作品を技術的に観る価値があるのは、なんといってもこの点である。そう、これに関してはラストまで凄かった。

しかし、カメラワーク以上にこの作品には、「人間」そのものを強く感じる。特に、乗客の団結と、それぞれが家族・友人・知人に連絡を取っている、このふたつの行為である。前者には、アメリカをここまでの大国にした根源を感じる。この段階で、ワールドトレードセンターに2機、ペンタゴンに1機の墜落を知っていた乗客は、当然進路からして、自分たちの旅客機がどこに向かっているかを悟る。そんな中、誰しもが何とかこの機だけは奪還しようと団結一致する姿勢は傍からみてもあの極限の状況下に信じ難い人間力である。情けないかもしれないが筆者には到底考えられない。又、後者に関しては、連絡で機内の状況をしっかり伝える者もあれば、金庫の番号を伝える、言わば遺言を残している者もいる。これは人間の持つもうひとつの力である「愛」である。自分以外の誰かに託す、或いは頼る、或いは願うということはすべて「人間愛」の業である。そう、勿論、事実であるがこの作品では、人間の「力と愛」を表現している。これがテーマである。そして、このふたつを根底に据え、同時に映像として前面に描写しているために、例えばオスカー作品の「クラッシュ」が、ドキュメントの域を出なかったと批評したのと違って、大変感動的かつ、歴史的にも貴重な作品として完成したのである。

但し、純粋に「映画作品」として受け入れられない部分もある。それは多分にこの事件の現実をリアルタイムで知っているからだと思う。しかし、この作品は映画ファンのみならず、「観なくてはいけない」と力説する。


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by turtoone | 2006-12-08 22:58 | 映画(や行)
b0046687_1224225.jpg中谷美紀というのは、本当にたくさんの映画作品に出ているという印象がある。最近でこそ、上野樹里や沢尻エリカが「良く銀幕に出てくる」度が高いかもしれないが、印象度では筆者においては中谷がダントツである。中谷の良さは、この作品でもそうなのだが、自分の回りに居そうで、実は、「ちょっと居ない女」なのである。その一見するとフツウっぽいのだが、実際は手の届かないところに居るという位置関係が、作品の中の役柄とはまた別に、鑑賞者とのベターな距離感を保ってくれるのである。筆者もそんなに彼女の出演作を観たことがあるわけではないが、「電車男」のエルメス役なんかももそんな効果なりだろう。

この作品は、また、中々面白いシテュエーションである。詐欺師チームが、列車の豪華個室で繰り広げる会話という名の駆け引きにこの物語は終始するのだが、別の見方をすると、豪華個室を大道具とした、一幕芝居でもある。筆者はこの作品を見ながらこれを舞台化するとしたら、さらにこんな演出が出来るなとか、ひとりひとりのプライベートストーリーを語る場面を多くして、ミュージカル仕立てにも出来るなぁなどと色々イマジネーションが湧いて来た。特に、出演人物は6人であり、以前から彼等はその時々によってチームを組む。しかし、苦い失敗経験があると思いきや、その苦い経験の張本人を再度チームに入れての「大興行」であるという流れ。兎角、筆者は芝居と映画を良く比較してしまうが、勿論、最初にこの「映画作品ありき」の話として、この作品は舞台化した方がもっと面白い物が出来る。なぜなら、舞台であれば同時進行している話を表現することが可能で、この作品は実は、時系列として同時進行している箇所が結構ある(それぞれの個室毎に起こっている事件の時系列)のにも係わらず、映画という1枚のスクリーン上では残念ながら、それが前後してしまう。同時にこれはこの監督の手腕だと思うのであるが、同時進行場面を前後させることによって鑑賞者に余計な負担を掛けさせない為に、ずいぶんカットしたと思われる痕跡がある。そういう意味で編集技術(及び編集のポリシー)は、邦画としてはピカイチであったと言えよう。但し、欲を言えば、「会話の面白さ」がもっと欲しかったが、これも好意的に解釈すれば会話を複雑にすることによって、前述の時系列が混同することを避けたのかもしれない。このシテュエーションはやはり舞台であろう。

同時に中谷を始め出演俳優の魅力もあり、それで助けられた観もあった。椎名、田辺という、以前はトレンディドラマの良いキャラだったところをキャスティングしている可笑しさも欠かせないし、八島は勿論のこと、伴なんかは、「ピカ☆ンチ」以来、その存在すら忘れてしまっていた。筆者的にはこの面子の中に、ジャニーズ系をひとり入れたかった気がする。入れるとしたらケンちゃんだと思うのだが、そうするとブッキーの変わりになってしまうだろう。というのは、ブッキーの役は、ブッキーが悪いという訳でなく、ブッキーを起用する必要があったのかどうか(そういう言い方をするとケンちゃんにも申し訳ないが、これはジャニーズというイメージの総称として言ったので誤解があったら失礼)疑問である。こんな超売れっ子を使わなくても新人でも良かった。(クレジットの役社名の後に「新人」と入れて・・・)。序ながら、ブッキーもたくさん映画に出ているという印象がある。

ひとつ嘘をつくと、その嘘を隠すために約三十の嘘をつかなくてはいけなくなると言うのが、この作品のタイトルであり、また、コンセプトでもあるが、日常にはその嘘が蔓延している。筆者は良く針小棒大だと指摘されるが、その辺りは職業的な部分からかも知れないしそういう指摘に批判はしない。そしてそれは嘘とは少し違うと分類しているし、逆を言えば対人関係の中で真実を語らない方が良い場合もある。勿論、良い嘘などは無いと思うが、思いやりから発する嘘というのを、良しとするかどうかに関して言えば筆者は良しとする。しかし、それが種となって悪い芽を育ててしまうこともあるということは予め覚悟しておかなくてはならない。そう考えると「沈黙は金」なのかなぁと、日常の筆者の喋りすぎ、多すぎる無駄口には反省する。そう、やはり雄弁にならなくてはいけない。

知らなかったが、この作品にある豪華個室のついた列車って本当にあるのか。北陸を走っていたが、オリエント急行までは行かないにしても、一度乗ってみたいと思った。邦画としては中々魅力的な作品だ。


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by turtoone | 2006-11-19 12:27 | 映画(や行)

妖怪大戦争

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このタイトルの作品を観るのは何年ぶりだろうか。確か、何作か続編が作成されて、ガメラかなんかとの2本立てで、最後に観た作品には、タイトルに「東海道」と着いていた筈だ。以前から筆者は邦画に対して、素材は良いものが沢山あるのだから、後は時間とお金の使い方次第だと述べている。無論、邦画の方向性はそれでなく、先日鑑賞した「リンダ リンダ リンダ」の様な日常の描写に関しては米・英・仏の映画作品と比較しても卓越した物がある。そもそも近年アメリカでも注目されつつあるドキュメント作品についても、まだまだアメリカ映画でも「NHKスペシャル」の制作力、取材力を超えられる物は少ない。その一方で、このジャンルの作品は原作や素材、コンセプトは面白い物が沢山あるだけで、映画作品として満足できた物は殆ど無い。この際は原作の映像権を販売して、ハリウッドで作成した方が良い素材は沢山ある。どうせハリウッドもここ数十年は慢性的な原作不足に悩んでいる訳なのだから。

この作品は勿論、子供を対象に製作されたものであるのだから、然程、作品の主題を前面に打ち出すことは避けているのは分かるが、あの「スネコスリ」は頂けない。いくら特殊映像技術が世界レベルに無いといっても、このぬいぐるみに毛に生えた様な塊に、例えば、家に帰ればアイボなんかがリビングルームで待っているような環境のある家庭の子供たちに、どういう映像のリアリティと想像力を与えられるというのであろうか? 筆者は残念ながら、このスネコスリで引いてしまったために、後の内容はどうでも良かった。例えば、「グレムムン」なんかは20年以上前にあのレベルの撮影を可能にしているのであるのだから、幾らなんでもそのあたりの技術を何とか使用できなかったかと思う。というか、エンディングに出てきた、半分透明なスネコスリが居たが、あの方がずっと良かった。

今回はある意味で 「妖怪たちのメイク」を観にいった。タイミングよく、娘も「マダガスカル」を蹴って一緒に着いて来てくれた。確かに、妖怪メイクに関しては、邦画としてはレベルの高いものだったかもしれない。しかし、静止画のメイクとしては納得できる部分で、例えば「ろくろ首」の描写に関しては見るべきものは何も無い。逆に言えば、技術的・描写的に明らかに劣っているシーンをなんでこんなに引っ張る必要があるのだろうという疑問も生じる。これは、技術以前に、作品づくりの根本の部分である。ようするに現在の邦画には、特殊映像以前に、こういう作品を作る基礎が全くなくなってしまったのだと理解した。尚且つ、だからこそ、この類いの作品が30年以上も製作されることか分かったのである。

プロデュース・チーム「怪」というのが組織され、水木しげる氏や、荒俣宏氏が製作に関与されたお陰で、舞台設定や妖怪等の民俗学的考証の部分には納得のいく整理がされていたのが、単に、子供映画ではなく、学術的に本物を提示してくれた意気込みには満足した。

最終的には神木君と栗山千明に随分助けられた作品だと思う。


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by turtoone | 2005-08-16 23:55 | 映画(や行)
b0046687_22252224.jpgイーストウッドの映画なんぞ筆者のライブラリーには存在しないかと思いながら探したら、あったぞ一枚だけ。それもよりによって1992年アカデミー作品賞・監督賞受賞作の「許されざる者」が・・・。急遽、「ミリオンダラー・ベイビー」オスカー受賞特別企画・「許されざる者」レビューを書くことにした。

といっても、実は、西部劇って苦手、というか「嫌い」である。もし、この手の映画が好きだったら、筆者のライブラリーはジョン・ウェインだらけになっていただろう。だが別に、カウボーイとかの生き方が嫌いだったりする訳では無い。逆に筆者の場合、これも知る人ぞ知るなのであるが、インディアンが大好きで、長女が小学生の時、課外活動の一環でナバホインディアンと文通をしているなどということを知ったときには、代わりに自分が色々質問したり、実現しなかったが、彼等の来日実現のために尽力したほどだ。

では何故、西部劇が嫌いなのかというと、これも相当な偏見なのだが、ドラマの「水戸黄門」とかが嫌いな様に、勧善懲悪というのが果たして芸術作品として成立するのかどうかを、大変永きにわたり悩んでいるのである。そして、例えそういうストーリーでなくても、西部劇というはそういう物だという先入観が先立っているのである。未だに「荒野の七人」も「シェーン」も見ていないので、良いとも悪いとも判断できなくて、好きか嫌いかでは、「嫌い」になってしまうのである。この作品も記憶が無かった。大体、ウチにある事自体(それもビデオでなくご丁寧にDVD・・・って事は最近でしょ。誰か忘れていったのかなぁ。ギョーカイに近いから妹のかなぁ)知らなかったくらいである。

でも、見た。良かったッスよぉー。
キャスティングですかね。やっとオスカーに手の届いたモーガン・フリーマンが出ているって処から、余り「西部劇」を感じさせない。これはまず良い。次にジーン・ハックマン。流石ですな。見事、ここまで来ると名人芸という域・・・。しかし、この人は何をやっても填まる人。というか、逆に役柄を自分の型に填めてしまうのだ。この作品の直前には確か「評決」で弁護士役かなんかだった筈。どちらも全然違和感無いのがこの俳優の凄さ。それでいて、この作品の中で(悪い保安官役ってあの西部劇に良くあるタイプ、「水戸黄門」でいう悪代官みたいな奴)自分の家を建て直したりしているのが、妙に可愛かったりして、そういう意味では次回作はカーペンターの役なんか、いいーんじゃなぁーいって、本当に思わせてしまうところが憎い俳優だ。この時の助演男優賞は当然。リチャード・ハリス(校長~)も少しだけ出ている。少しだが存在感は大きい。それから、ソウル・ルビネックがいい味を出している。この俳優もマメというか器用というか、色々な作品に、存在感タップリのチョイ役出演っていうのが多い人だ。

そんななかにあって、イーストウッド・・・。イースト・・・、イー・・・、・・・、・・・。少しトーンが落ちてしまう。もう少し何とかならなかったのかなぁって・・・。この俳優は、やはり、ダーティーハリーの様に台詞が少なくて、アクションが多く、演技よりも体力みたいなところが見せ場で、帽子を被っているから余り表情が分からなくって、感情の起伏が少なく、三年に一度片頬みたいな役をやる以外ないんだろうなと思いつつも、130分経ってしまった。見終わった後、いきなり脳裏に波田陽区が出てきたっていうのも、長いこと映画を見てきて始めてだなぁ~。

但し、この作品が表現しようと思ったことはとても良く理解できた。「見せ掛けの名誉や、プライドは必要ない」「本当に強い人間というのは、自分の思うところにだけによって生きるわけでは無い」「間違いはやり直せる、ただ、それをやり直す扉を開く勇気が無いだけだ」そんなメッセージが沢山こめられた作品なのである。

「西部劇」といえば、世間は「西武劇」で揺れている。あのカリスマ経営者がこの作品を見て、ほんの少しでもイーストウッドのメッセージを真に受け取っていたら・・・、今日の逮捕は無かったであろう。「人間を考えたい」という人にはお薦めの作品である。

とにもかくにも、オスカー受賞おめでとう。


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by turtoone | 2005-03-03 23:19 | 映画(や行)