暫く療養と入院、更に手術をしまして映画ブログは更新を怠っておりました。作品は鑑賞してますので、徐々に復帰させていただきます。今後共、よろしくおねがいします。


by turtoone
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カテゴリ:映画(た行)( 42 )

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ウンパ・ルンパ族の歌と踊りを見て、思わず「木村拓哉合唱団」を思い出してしまったのは、恐らく筆者だけだと思う。そう、「チャーリーとチョコレート工場」の鑑賞は、今年下半期の大きな目玉作品のひとつであったが、何を隠そう、一番印象に残ってしまったのは、この、ウンパ・ルンパであることは間違いない。コメディでもあるが、妙に人間社会のへの風刺と少年少女への教訓がコメディ・ジャンルの範囲を超えて述べられているということは、ディズニー作品のコンセプトに該当する。ウンパ・ルンパが歌詞の中で物語の一端を担っているという面では立派なミュージカル作品でもある。要するディズニー的コメディ・ミュージカル・ティム・バートン風とでも言うのであろうか、これは、ある意味で新しい映画ジャンルの出現ではないだろうかと思う。特に、ウンパ・ルンパのシーンは、CG合成でなく、ディープ・ロイが、少しずつ場所を移動し、かつ少しずつ踊りや表情を変えて、何度も撮影を試みたという(やはり木村拓哉合唱団じゃないか?)。この辺りが例えば、ティズニー・アニメの「ノートルダムの鐘」以降の作品でCGによって群衆一人一人の人物の動きを変えるという技法のまったく逆の考え方をしているところが凄い。映画を取り巻く技術環境が大きく発展・変化したとしても、常に「自分の発想」を自負している監督だということも、こういうところに窺える。だからこそ、このシーンがもっとも強烈な印象を残したのである。

たが、一方でこのウンパ・ルンパの「楽曲」に繋がる「5人の当選者」のキャラ設定も絶妙だった。しかも、このキャラクター、やっと字幕の漢字を何とか把握できるようになり、いよいよ吹替えを卒業したばかりの10歳の次女にも前半でネタバレしてしまうほど見事で単純明快な設定なのである。ゴールデン・チケットを手にした5人の子供たちがそれぞれ、分かりやすい環境、分かりやすい性格、分かりやすい体格、且つ分かりやすい顔立ちをしている点もこの作品、いや、この監督の高い創作力を物語っている。そして、この作品についていえば、すべてはエンディングや、ウィリー・ウォンカ(ジョニー・ディップ)の生い立ちではなく、ウンパ・ルンパのオンステージから逆算して発していると思われるところが、この発想を終着できる創造力を持っているところである。また、ティム・バートンも、自身のための色々な仕掛けをしてくれているのが可笑しい。「バット・マン」を感じさせるオープニングだったり、「シザー・ハンズ」だったり、チョコレートの川には大きな魚でも泳いでいたら「ビッグ・フィッシュ」だぜと、そこまではやり過ぎない所が、筆者のような凡人と違い(すみません、又、同じ土壌で語ってしまい・・・)、彼の超一流なところである。

思えば今年度の新作鑑賞は、「ネバーランド」の感動から始まった。あの作品は勿論ストーリーもさることながら、ジョニー・ディップと、フレディー・ハイモアの演技力が涙と感動を誘った。特に、フレディーを見ていると(特にこの作品では貧しい生活環境もあり)余計に本筋以外の感動を呼び起こしてしまう。勿論、テイム・バートンがそんな人の映画の感動を計算に入れて作品を作るような輩ではないが、鑑賞者の側には、ディップとのコンビは、すぐにでもあの作品にフラッシュ・バックできる筈である。そういう勝手なエモーションをしかし最後には超えさせてくれるところに、今回でいえば、ディップの役づくりと、フレディーの末恐ろしい表現力が、鑑賞者の感動体験を遥かに上回っている。オマージュとして、最後には「ネバーランド」と同じというところも、ティム・バートンの「落としどころ」の妙であろう。

但し、採点が難しい作品になった。悪いところは何もないのだが、どうしてもティム・バートンの場合は彼自身の過去作と比較してしまう。勿論、人様へのお薦め度は満点に近い。勿論、シアターで、できれば家族で、更に小学生高学年は字幕をお薦めする。


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by turtoone | 2005-09-11 15:36 | 映画(た行)
b0046687_22381511.jpgデミー・ムーアという女優には、これまでに3回も驚かされたひとがある。一番最近は・・・? 勿論「チャーリーズ・エンジェル・フルスロットル」の艶姿ならぬ、あの根性である。(但し、それでも現役エンジェルよりも迫力があったなぁ~。やっぱりエンジェルはTVシリーズが最高。筆者はジャクリーン・スミスが好きだった・・・)。最初にデミーに驚かされたのは、「セント・エルモス・ファイアー」と「ゴースト」の役のギャップ。そして、二度目に驚かされたのが何を隠そう、この「ディスクロージャー」の役どころである。筆者はデミーに関しては「ア・フュー・グッドメン」の様な清廉な役が好きになのだが、どうもご本人はそうではないらしい。それに、彼女は年代的にも何か同級生とかクラスメートの様な気がしてならない。それも、中学校とか高等学校とかではなく、そう、幼稚園時代かなぁ。それも、園ではそんなに意識していないのだが、ピアノ教室では一緒で、小学校は違うところに通っているのだけど、週に一度だけピアノ教室で会える。教室から帰る時間が大体一緒(というか、無理やりこっちが併せて)小さな川に架かってる小さな橋迄が同じ帰り道で何も会話がないのだけど、なんと無く前後して橋まで帰る。橋の向こうが彼女の家でこっちに取っては遠回りなのだけど、そこで別れるときだけバイバイとかじゃあねとか一言だけ会話を交わす。そんなこんなで過ごしたけど、いつの間にか見失ってしまった。そんな淡い思い出のある友達。幼馴染みというのだろうか、それが筆者にとってのデミー・ムーアのイメージなのだ。

だのに・・・、だのに、何故、IT企業のセクハラ上司に変貌してしまうのだろうか・・・。大人の世界の現実、遠き昔の淡い初恋の思い出は、泡と共に消えてしまう。と、ここまでお膳立てしてくれなくても良いと思う。そんな、夢と現実の両面を持ち合わせた、人間味があるという言い方をすればそれも正しい、そんな女優、いや、お友達がデミー・ムーアなのである。そういえば筆者は「フォーガットン」のレビューの際にも、ジュリアン・ムーアを級友みたいだと勝手な事を言ったことに今、気がついた。その内、キャサリン=ゼータ・ジョーンズを元彼女だとか言い出すかも知れない。クワバラ・クワバラ。

そのキャサゼタの旦那が頑張っているこの作品であるが、どうもマイケル・ダグラスというのは、女優の引き立て役っていうのが多い。「氷の微笑」ではシャロン・ストーンを、「危険な情事」ではグレン・グローズを、そして「アメリカン・プレジデント」ではアネット・ベニングを。演技をしないと格好良いマイケルだが、なるほど、よくよく考えてみればこんな形でハリウッドに貢献していたのだ。

しかしこの作品でテーマにしているのはセクシャル・ハラスメントでなく、重要秘密を隠蔽しながら企業合併とようとした倫理観。本来なら社長が処分される所を、結局は彼女の全責任にされた。勿論、好条件で合弁し自らもその会社のトップに収まるのが彼女の筋書きだから蜥蜴の尻尾切りは仕方がないことではあるが。といか、そんな単純なストーリーにも係わらず、幼馴染みでピアノ教室の淡い思い出のデミーが、余りにもセクシーに変貌する演技に惑わされてしまうところが、この作品の中々見応えがあるところである。ジャケットからして凄いですからねぇ。

但し、デミー・ムーアには、何か19世紀アメリカの歴史物で存在感のある役をやって欲しい。筒井筒の願いである。


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by turtoone | 2005-09-01 22:54 | 映画(た行)
b0046687_12162535.jpgこの作品はどうしても「インディペンデンス・デイ」と比較してしまう。しかし、「ID4」と比較すると映像的にはずっと進化している(つまりはこの作品の後に観ると、「ID4」は残念ながらとてもちゃっちく観える。改めて、この世界の日進月歩の速度は驚きだ。但し残念ながら、作品としては「ID4」のような魅力は殆ど感じない。あくまでも筆者にとってであるが、それはこういうことであると思う。

ひとつは、「宇宙人の襲来」と「氷河期到来」という非現実と現実のバランス感覚である。どちらかというと、近い将来に現実的になる確率、つまり「現実感」があるのは後者である。なぜなら、地球という惑星の長い「記憶」の中に、同様の現象が存在しているからであり、それは科学的に証明されているからである。前者はそういう事実があったかもしれないが、「記憶」という部分では地上の残されたサインなどがあると言われるが学術的には証明できてはいない。しかし、現実感がある一方でこの作品で描かれていること、つまりは学術専門家が決死の覚悟で救助に向かうということには全くといって現実感が無いというのが本音である。だとしたら、この作品が現実的に感じられるのはどういう内容なのかというと、異常気象を起こしたり、地球が氷河期状態になったときに、実際どうやって身の安全を守るのかという事についての学習マニュアルであれば現実感が沸いて来る。要するにこの物語は殆どが非現実なのである。一方で「ID4」は現実的では無い宇宙人の襲来である一方、大統領が中心となり、色々な人々が様々な知恵を出すさまが描かれている。勿論、「反則」に近いロズウェル事件なんかも引っ張り出してくる。フィクションであるが故に、その物語の落としどころも自由という便利さがある。よく、歴史物で架空の人物を設定するパターンである。架空の人物というのは最初の導入で上手く使えば使うほど、後々の展開に大変有利に描ける。そう、後々の展開次第の一番良い場面で、その人物を「生かす」も「殺す」も自由だからである。それと同じで、何時しかこのまったく自由な解釈によって作り上げられた「敵」をどう回避するのかに没頭してしまう。このバランス感覚を絶妙に保てたのが「ID4」であった。

もう一点は、「救助」の対象であった。「デイ・アフター~」は、N.Y.の図書館に閉じ込められた息子たちを共助に向かうのに比べて、「ID4」は、宇宙空間に浮かぶ母船をターゲットにするその方向性である。こういう作品は完結に導く挑戦が大きければ大きいほど「焦点」を暈かす効果にもなり、同時に鑑賞者の興味対象を分散させる効果がある。特に、「ID4」では、この母船攻撃の成否より二人組のチームワークの方に観客の心配が集中する。更にいえば、宇宙人への攻撃はこれだけでなく、その前後も色々な人が色々な手を下しているところが、効果を倍増している点がある。この辺りは作品の「主題」だけに拘るのでなく、観客がと゜ういう興味を持ち、どういうエンディングを望んでいるかという「駆け引き」が生じていて、全体的な作品のレベルを上げられたと考えられる。

「自由の女神」は又、被害にあってしまった。しかしこの手法は「猿の惑星」で使い古された描写。自由の象徴であるのなら、もう少し警告色を強めても良かったのでは無いか。


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by turtoone | 2005-08-22 12:21 | 映画(た行)
b0046687_18301393.jpgオレンジ・ジュースの初代「なっちゃん」でデビューした田中麗奈はCMガールというイメージよりも、最近では映画女優としての露出度が多くなって来ているようだ。かといって演技的に何か特別なものを持ってるとは思えない。敢えていえば、どこか奔放さを印象付けることの出来るキャラクターなのかも知れない。先日、「姑獲鳥の夏」を観たときにも感じのだが、どうも廻りの演技のレベルについていかれないので、とても浮いてしまっている。但し、その浮いたキャラクターという設定を上手く使うということであれば、この女優の利用効果というのはかなり高いのかも知れない。この作品では、正直なところ他の主要キャラの個性が強すぎる。柄本明、三宅裕司、伊武雅刀、六平直政、更に、篠井英介なんかも出ている訳で、出演者の名前を聞いただけで内容以前に、どんな役柄でどんな展開になるのかの期待が大きいのである。その中にあって田中の存在は、正直、演技にメリハリが無い分だけ「トッポク」見えて、その部分が逆にこの個性の強い俳優の「役どころ」と上手く相俟ったというのが率直な感想である。このあたりは「姑獲鳥の夏」もキャラの強い俳優が回りを囲んでいたが、作風と脚本の違いなのだ。

その脚本は、今一番乗りに乗ってる宮藤官九郎である。筆者は、過去にテレビ番組でしか彼の作品を観たことが無いが、直近の「タイガー&ドラゴン」も含めて申し訳ないが特別な何かを感じたことが全くないのでドラマも一度も最後まで観たことが無い。特別なものというと漠然としているが、例えば、それは「言葉」の面白さである。過去にも、非凡な脚本家には言葉の面白さか特別な会話のテンポのどちらかを持っている。クドカンには、残念ながらそのどちらも感じない。だが、今の日本のエンタメ界での脚本の使命というのはそれだけでは無い。テレビと映画の「脚本家」の位置づけや、その仕事の内容も違うように、脚本家というのは演出面でも今は監督よりも大きな影響力を持つ場合も多い。寧ろ、監督が制作業に近づいている一方で、脚本が演出に力を持っている、又、そういう才能を持った脚本家が多くなっている。クドカンもどちらかというと筆者のその類いの人物で、彼は監督業に近い形の関与がもっと良い作品が作れると思う。少なくとも、この作品では、前述したように、「配役」の部分で作品の半分は成功している。田中麗奈をそういう「存在」に位置づけたのが脚本の想定内だとしたら、彼は新しいタイプの演出家として逸材なのである。

残念なのは、「ドラッグストアー・ガール」というタイトルから受ける斬新さが作品のどこにも現れていないこと。ドラッグストアーのアルバイト店員を主役にしたというだけで、後はラクロスの普及ビデオと変わらないところは正直、少し裏切られた感がある。ストーリーの展開も今までに何かで観たり、読んだりしたことのあるものばかりである。特にラストのその最たるものである。クドカンの作品はタイトルから受ける印象よりも、実際に内容が伴っていないというのが正直なところ。これでは昨年流行った純文学と広報手法が変わらないではないか。「作品のタイトルが決まっただけで、その内容の9割は完成したに等しい」と言った文学者がいるくらいだから、そういう意味ではクドカンの成功しているのかも知れない。

ハリウッド製作のスポーツコメディなんかと変わらないが、お金を掛けていないので正直、見ごたえはまったく無い。唯一、日本語なのて字幕を追わない神経と集中力を使わないから良いかもしれないが・・・。但し、クドカンが多くの人に指示されているのは事実。もう少しまだ観ていない彼の映画作品を鑑賞しようと思う。


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by turtoone | 2005-08-20 18:34 | 映画(た行)

Dear フランキー

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最近、友人に教わるまで知らなかったのだが、東京にもレディースディ以外に1000円で見れる新作映画館が結構ある。特に、テアトル系なんて殆ど・・・。目先の欲だけで個別に会員登録している映画館や、行き当たりばったりの無計画でシネコンのレイトショーに行っていたが、曜日との組み合わせでこういうのも一度見直さないといけないと反省した。「Dear フランキー」は予告の段階からかなり気になっていた作品で、ジェラルド・バトラーがプロモのために来日したり、ミニシアター系では珍しい盛り上がり様だった。

作品の途中から、改めて「真実」とは何かに関して暫く考えてしまった。人はいつの日も「真実」というのを必要以上に追求することがあるが、その真実というのは果たして「正しい」ことなのかというとそうでないことが多い。そして「真実であるが故に」それに惑わされ画策されることが多い。同時に、誰かのための真実を追求するがあまり、別の人間の虚偽を続けること。しかし、この母親には、その嘘を続け通す必要があるだけの、「たったひとつの過ち」があり、その過ちは紛れも無い真実なのである。この物語に、必要以上に感動してしまう点はこの真実の連繋にある。だからこの作品は、シアターでも感極まってしまう場面が、観る人によって区々であるところも特徴的である。恐らく、感情移入がし易く、同時にそれぞれの人が同調するポイントが随所にある物語だからである。そして、ラストも極めてソフト・ランディングで、この後の話は、観客がどう考えても良い様に作られている。中々の構成だと感服する。

筆者はエミリー・モティマーの表情が大好きである。「キッド」の時も良かったが、今回の母親役は今までの彼女になかった「強い意志を持った女性」を表現した。そもそもが「癒し系」表情が素で出来る貴重な存在なので(日本でいうとさとう珠緒さんの表情が近い?)こういう芯の強い母親役というのは、今後も彼女の活躍の場になることを期待したい。子役のジャック・マケルホーンは、初めてである。確かユアン・マクレガー主演の「猟人日記」に出演していた(おっと、この作品にはエミリーも出ていた筈だ)が、ティルダ・スウィントンも出ているこの作品をまだ観ていないので、近々鑑賞を予定。それから、ジェラルド・バトラーは、何というかとても「人の良さ」が演技に溢れている。「オペラ座の怪人」でも、何処か「怪人」というより、その悲哀さに共感してしまったのは、この俳優の根からの人の良さだと考える。

ふと気が付いたのだが、この物語の設定って、日本のテレビドラマに適している。というか、次のクール辺りでドラマ化の計画があるかも知れない。勿論10話構成だから、可也色々なサイド・ストーリーが必要であるが、結末は別として、日本人の好きな設定である。但し、スコットランドのこの景色と、「船乗り」という職業は、海洋国日本の割には余りピンと来ないから、何か別の設定が必要だが。誰も書かないんだったら、脚本を書いてみようかなと、真剣に思っている。

舞台は旬な「知床」、職業は「サーカス団」か何かで書いてみたらどうだろうか?


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by turtoone | 2005-07-20 23:13 | 映画(た行)

ダニー・ザ・ドッグ

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リュック・ベッソンって、筆者の中では、今ひとつ安心できない、信じきれない人である。年代が近い割りには、どうも考えていることに共通項が無いというか、凡人である筆者に理解できないのが悪いのか。但し、「ジャンヌ・ダルク」とか「レオン」、「ニキータ」の様な氏の監督作品は良いと思う一方、「TAXY」とか「キス・オブ・ザ・ドラゴン」等、製作を担当している作品はどうも好きになれない。作品によって評価が変わってしまう映画人なのである。筆者の中でこういう人は珍しい。その悪い予感が的中してしまったのが、この作品である。

鑑賞前に、NHKの「英語でしゃべらナイト」にモーガン・フリーマンが出演していて、確かにインタビューアーの印象も質問も悪かったのだけれど、ハリウッド・スターの割にはセンスも無く、ウィットに富んだ回答もなく、ぶっきらぼうだった受け答えに幻滅したので(内容はミリオンダラーが殆どであったが・・・)暫く、この俳優が関与している作品は観るまいと決めていたのだが、ジェット・リーの役どころとこの作品のテーマに興味があり、シアターに行ってしまった。こういう主体性の無い鑑賞というのは、やはり映画作品に失礼なのかもしれない。

ジェット・リーのアクションは久々。本作品は可也控えめでシーンも少ないが、そもそもカンフーアクション系は然程好きではないので、(そう、意外かも知れないが、ブリース・リーって苦手・・・)筆者にはあのくらいが丁度良い。あれ以上みていると多分、前の座席を蹴っ飛ばしてしまい(とはいうものの、筆者は殆どが一番前列の真ん中で見ているから、前に座席があることは少ないのであるが・・・)「鑑賞マナー」に反して摘み出されてしまうから、アクション量は適量だった。又、ジェット・リーの(顔に似合わず)自分自身を記憶の奥底から探しだそうとする演技は、ぎこちなくもあったが、却ってそれが純真無垢に映り、胸を打つシーンになったことは、結果論としては予期せぬ好シーン(名シーンまでは行かない)を生んだことは良かったと思う。但し、「キス・オブ・ザ・ドラゴン」とそんなに違ったかというと、何かシーン的にダブル部分も多かったのは、ジェット・リーが映画界を代表するアクションスターとして確立しているからであって、その部分は映画の持つ作品性よりも、リー個人のエンタメ性が高いからではないだろうか? 又、前述の事件で筆者にとってミソをつけた、かの助演男優さんも、見方を変えれば何をやっても同じ演技の俳優という言い方も出来てしまい、今回の役も、「ショーシャンク~」と何が違うの? 目が不自由なだけじゃないかって、そんな結論を持ってしまった。映画俳優たるもの、どんなところでも人が見ているところでは気を抜いてはいけませんな。

と、全くとりとめの無いレビューになってしまったが、最後に一言、ボブ・ホスキンスは何を演じてもそつが無いと関心する。筆者は「ロジャー・ラビット」でトゥーンを相手に奮闘している彼が一番好きであるが。(あの作品はクリストファー・ロイドも良かった)この人は名作「モナリザ」以来、賞から遠ざかってしまったが、こういう味のある俳優の演技をきちんと観て評価して欲しいと懇願する。

ジェット・リーファンでも、アクションが押さえ気味なので、1800円の価値があるかなぁ・・・?


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by turtoone | 2005-07-12 21:10 | 映画(た行)

電車男

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ここのところちょっと忙しなく、映画鑑賞が空いてしまっていた。この作品鑑賞は予定外であったが、実は、先週テレビドラマで始まった「電車男」が余りにも分かりづらい内容だったので(原作は速読で立ち読み)気になってシアターに行った。そしてこの鑑賞は作品のクオリティは兎も角も、行って正解だったと痛感した。筆者は原作と映画を度々比較するが、この作品に関して言えば、映画という土壌に乗ってよりこの「電車男」という作品が現代の世相を代表したということの「成功」を賞賛したいと思う。

前述したようにテレビがそもそもの鑑賞のきっかけになったので、原作よりもテレビとの比較になるが、ヒロインの中谷美紀起用で、この作品は半分以上が成功している。「エルメス」と呼ばれるヒロインは、エルメスのペアカップをお礼に贈られたことから名前が付いているが、(この辺りが、ウェッジでないのが不思議なのだが・・・、電車男って本当はフィクションなのではないかって、しかも、ベノアティーを知っている人がエルメスのカップなんて良しとするところがおかしい。真実なら、これが日常の不可思議というものだ)彼女自身が電車クンや「おまいら」にとってはエルメスなのであって、その「エルメス」らしさを存分に演じきってくれた。申し訳ないが、これは伊東美咲には無理で、せいぜいピエール・カルダンくらいではないかと、というか、作品全体を対「電車男」のみならず、観客に対してと考えたとき、このブランドらしい包容力が満ち溢れていた。ブランドは誰にでも平等であるという部分が、「エルメス」であり、中谷である。申し訳ないが、第一回めの最後で男と飲んでいたりするのは、この作品の中では「エルメス」ではない。

次に、映画では、「おまいら」を7人に絞った。実際の人数はその何十倍もいるが、この絞り方で、作品が分かりやすく万人向きになったこと、同時にこの7人の背景を映画なりに描けたところがよかった。7人も、瑛太、国仲涼子、佐々木蔵之助、木村多江など、それぞれの個性をはっきり出せたキャスティングも良かった。電車のホームに立つシーンというのは、如何にも邦画っぽい臭い作りなのだが、この作品に限っては、結構効果的だった。初めて、この段階にあって、電車男とおまいらが対等に向かい合ったという部分を上手く表現したと思う。

それから、この作品では、冒頭以下、時折描かれる「秋葉原」という町をとても魅力的に撮影している。特に、ビルの谷間を走る高架線に電車が通り過ぎるところなどは、意図的に高架線を目で見るより高い位置におくことによって印象づけている。電車クンが持つような「憧憬」とその現実は、こうしている間にも日常であることを強調しているカットとして筆者は受け止めた。同時に今、世界への情報発信としてもっとも注目されているのが「秋葉原」という「特区」である。考えてみれば世界に数多くの都市があるが、日本ほど鉄道網の発展している国はそんなに多くは無い。中でもその筆頭は東京である。だからこの「電車男」という文芸もこの国のこの東京という都市で、しかもアキバという町の文化が無ければ生まれなかった日本という国のオリジナリティーを満載した作品である。そんな秋葉原の迫力ある映像を入れ込んだ点は映画「電車男」の最終的な味付けとなって大変よかった。

いかにも映画らしいラストシーンと、エンド・ロール後のおまけ、それにRANGEのテーマ曲も妙に合っていて良かった。但し、筆者の様にテレビ作に疑問を持たなければシアターでみる必要はない。一方で、中谷の包容力をDVDで感じられるかは疑問。スクリーンの大きさと相俟っていたのは事実なので。


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by turtoone | 2005-07-11 21:18 | 映画(た行)

チャンス ~My Collection~

b0046687_20345545.jpgピーター・セラーズという俳優は、映画ファンなら彼の存在を普通に知っていても、日本ではこの名前では馴染みが薄い。寧ろ、「ピンク・パンサー」のクルーゾー警部と言った方が、顔を思い出すのでないかと思う。しかし、その「ピンク・パンサー」自体も、アニメーションの豹はすぐ脳裏に浮かんでも、警部は徐々に忘れられつつあるのではないか。それもその筈で、このピーター・セラーズという喜劇王が亡くなってから早いもので四半世紀が経過している。

この作品は、この喜劇王が亡くなる前年に全米公開された作品であるが、筆者にとっては氏の最高傑作だと思っている。日本公開は、残念ながらピーターの訃報が入ってから一年後であったので尚更だ。特に、彼の若すぎた死に、作品の後半部分は随所でオーバーラップするところがあり、涙なくして見れない鑑賞であった。上映館が「入れ替え制」ではなく、且つ学生であった筆者にとって、この作品も、講義をサボって何日間もシアターに通ったが、いつも、最後まで涙が溢れて見られなかった記憶のある作品の一本である。そして、この作品から学んだ事はたくさんあり、幾つか列記すると、「人間に偉い、偉くないはない」、「いつどんなときでも、自己表現をはっきりすれば物事は相手に伝わる」、「一度学んだことは忘れない」、「謙虚な姿勢は権力をも圧倒する」、「死ぬときは名誉も財産も必要ない」、「情報は時として何も生み出さない」、そして、「愛は乞うものでなく求めるものである」という、当時の筆者の境遇において、人生のヒントを沢山教えてくれた。半分眠っている講義よりもずっと有意義な時間だったのである。

また、共演者もピーター・セラーズの最期を飾るに相応しいほど素晴らしい。まずはシャーリー・マクレーン。筆者はこの作品の時点で彼女の初オスカーは獲得できたと思ったが、ノミネートすらされなかった。結局4年後の「愛と追憶の日々」までお預けとなるが、この2作を見比べてみると、本作品のシャーリーは異常に若い気がする。又、大統領役で出演した、ジャック・ウォーデンは、そのシャーリーの弟であるウォーレン・ビーティの作品に出演することが多く、1975年に名画「天国から来たチャンピオン」でも好演し、オスカーにノミネートされている。そして、メルヴィン・ダグラスである。この作品で自身二度目のオスカー助演男優賞を獲得した彼の名演技は、とぼけたピーターとは対照的に重厚で、人生の深みを鑑賞者に訴えかけて終わっている。そして、悲しいかな現実でも、ピーター・セラーズの後を追うように、1981年に亡くなっている。二人共、映画の中では全くそういう素振りがなかっただけに、残念ながら、二人の「遺作」という形になり、いつ間にか「不朽の名作」入りをしていた様な気がする。

この作品が今、この時期に新作として公開されても、別段話題にならないかも知れない。というか、こういう内容の作品はプロデューサーも配給会社もこの時代には見向きもしないであろう。しかしながら、映画ファンであるなら、是非一度は観て頂き、この作品内のいたるところに散ればめられた万民へのメッセージを各々の感覚で受け止めて欲しい・・・、そんな静かなる名作である。


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by turtoone | 2005-06-29 22:52 | 映画(た行)

TAXI NY ~新作DVD~

b0046687_1548077.jpg毎回レビューの度にこんな事を行って申し訳ないが、ラブコメと同様、このカーアクションというジャンルも邦画では絶対にハリウッドのレベルに映像が到達しない分野である。しかし、残念なのは日本の場合、他のスタントに比べてこのカーアクションのドライビングテクニックの分野で世界でも一・二を誇る技術があるのは周知の通りである。では何が違うのかというと、ひとつは撮影技術である。如何にカーアクションのスタントが素晴らしくっても、それをどのように撮影できるかの技術が追いついていなければ、映像化は不可能である。もうひとつは、カーアクションをどの様に作り上げるかというコンセプトである。つまり、カーアクション専用のディレクター、できればプロデュースをできる人間が、作品構想の段階からどれだけ関与できるかである。この作品のカーアクションの細部を見ていると、申し訳ないが然程目新しい物は無い。発想自体は、日本では可也昔になるが「西部警察」とか、その当時のアクションと難易度から観ればそんなに差は無い。特に、最後の「大ジャンプ」等は、別段新しい発想でもテクニックでもないから、「なんだ~」と拍子抜けしてしまう。しかし、それまでの行程とか、その後のオチが上手かったりする。現実的に考えれば、両側のクルマがジャンプできる程の加速があって、なぜ、真ん中クルマが止まれるのかというほどのブレーキングが現実に可能かといったら、多分難しい。しかし、それが映像の中で可能な処にこういう作品の価値があるのである。逆に言えば、このシーンを納得させるために、90分間の大半を際どいカーチェイスを沢山見せて来ている。歩道は愚か、大学や駅の構内や、建物の屋内等でのドライビング映像があり、しかも、その逃げ道を犯人がシミュレーションする場面まで入れている。こういうリアリティの追求をカーチェイスのシーン以外でも見せているからこそ、ラストアクションがこれだけ活きてくるのである。つまり、こういうトータル的な部分で関与できる発想や人材が邦画には欠如しているのである。まぁ、邦画に限らず、この部分はハリウッド以外では無理であるが・・・。

主演のクイーン・ラティファは魅力的な女優である。彼女の出演作品は、これと「シカゴ」と、あと、「ボーン・コレクター」くらいしか鑑賞したことか無いが、どれを観ても貫禄があり、かつ存在感のある役どころ(役ではなく、存在自体なのであろう)だと思う。彼女、そもそもはミュージシャンで、まだ、ラップという音楽区域が無かった80年代後半から、"ジャズとソウルを融合した独特のスタイル"という触れ込みで脚光を浴び、アメリカ初の女性ラップ・ミュージシャンとして音楽シーンに登場した。1994年にはグラミー賞も受賞したことがある一方で、トークショー等で活躍。91年の「ジャングル・フィーバー」が映画初出演。「シカゴ」では、ママ・モートン役で豪快なボーカルを披露し、ご存知の通り女性ラップ歌手として始めてオスカーの助演女優賞にノミネートされた。

作品全体に関して言えば、これはタイトルからは想像できなかったが、要するにリュック・ベンソン監督「TAXI」シリーズ第一作のリメイク版。しかし、完全リメイクでは無いので結構期待を持ってみていたが、オチが・・・。そういう意味では、少し損をした気分であるのも事実。

そういえば、ウォッシュバーンのお母さん役でアン・マーグレットを久々に観ましたが、他の俳優さんの演技今一なんで、やたら目だっていた。流石はオスカー俳優といったところ? 犯人も、もっと綺麗で格好いい人がいなかったのか? 筆者的には頂けないし、他の作品でカーアクションに精通している方には、ご覧になる価値は殆どない作品である。


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by turtoone | 2005-06-11 17:08 | 映画(た行)
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人気作品の続編に関しては、これまでも何度かこのブログでも意見を述べてきたが、今回はその典型的な続編作品となってしまった。

まず、この作品、前作からこの続編に繋がる必然性というものが、こじつけ以外全く感じない。簡単にいえば、前作を見終わった時に、次回に繋がる期待という物があったかどうかにその判断を委ねたとしたら、あの作品はきちんと完結しているではないか。要するに、必然性があるとしたら、そこそこヒットを飛ばし、続編も興行的に見込めるものだったからに相違ない。そしてその目論見は見事に的中し、全米では前作を超えるヒットになった。理由は良くわからないが、やはり等身大の女性が活躍するというコンセプト、しかもちょっとコメディが入っているという作品は、そんなに沢山あるわけでなく、ここがヒットのツボなのだと思う。

筆者も子供ではないから「映画は夢を与えるものだ~」と叫んで興行的な部分を無視した議論を述べるつもりは無い。だからこれは百歩譲ろう。しかし、これだけは言いたいのであるが、最低続編を製作するのであれば、全くシチュエーションを変えない限り、前作お馴染みのメンバーは一通り揃えてくれるというのが礼儀ではないだろうか?そう、エリック役のベンジャミン・ブラットと、ビクター役のマイケル・ケインである。どういう設定でも構わない、例え、FBIの広報塔だろうが、恋人と別れた設定だろうが、それは良い。しかし、最低限の映画ファンへの礼儀は守って貰いたいのである。特に、ベンジャミンは、「キャット・ウーマン」に出ているくらいなら、こっちでしょうと思うのは筆者だけではない筈。確かに、その分を埋めて、余りある程、レジーナ・キングは中々良かった。そう、彼女は「エージェント」以来、密かに注目していたが、「Ray/レイ」でもいい役どころだったし、この役も中々良かった。

家内がぼそっと、「サンドラって私と歳変わらない・・・」と言って初めて気がついたが、彼女は40を超えていた。そういう意味では、この歳でもミスコン紛いの役が出来るってスッゲェー人だと感心、いや、絶句した。女優って、しかもハリウッドの第一線級セレブになると、スゴイなぁ~。と、続編云々の筆者の理屈など、家内の一言で何処かに吹き飛んでしまったのも事実。しかし、そう考えると、この年齢でこのプロポーションで、コメディのセンスがあるから・・・彼女って可也希少価値なんじゃないですか。

でも変な意味でなく、このシリーズの衣装や美術はいつも面白い。但し、製作が悪かったのか、ロケーションは低予算作品の様な設定に興ざめした箇所が幾つかあった。こういうところは最低ラインなので、しっかりして欲しい。


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by turtoone | 2005-06-03 00:09 | 映画(た行)