暫く療養と入院、更に手術をしまして映画ブログは更新を怠っておりました。作品は鑑賞してますので、徐々に復帰させていただきます。今後共、よろしくおねがいします。


by turtoone
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カテゴリ:映画(か行)( 49 )

クローサー

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この作品はもともとは「戯曲」であり、日本でも日本の俳優が日本語で舞台作品になっていたようだが、残念ながら筆者は見たことがない。作品評では男女間の性行為描写の台詞が卑猥だという話であったが、思ったほどではなかった。又、映画のコピーにはかなり騙された。

それよりも、この作品は、二人の男性の心境と行動に、若い頃の自分を照らし合わせることが出来てしまった。誤解しないで欲しい、決して変態だという意味ではなく、彼等ふたりに共通の独占欲である。良く、「男は女の最初の男になりたがり、女は男の最後の女になりたがる」と、これは誰が言ったのかそんな事を言われるが、確かに筆者も20代でまだ独身でいるときは、そんな妙な「欲」を持ち合わせていたと思う。しかし、この二人の男は、それぞれが別の男との行為を聞き出して、それが真実だの虚偽だのと憶測を重ねて、一体何が解決するのであろうかと、そんな感想を持ち、同時にこれは、ある意味で男の本質だということばかりを表現してしまった。そして、この原作は戯曲だそうだが、舞台という土壌であれば、これらの台詞が(仮に全く同じであったとしても)生きて来る。舞台という空間の中では、俳優の存在も、又その俳優が発する台詞も、皆一同に「道具」の一種に過ぎないからで、ある意味で舞台は常にその道具の集合体であるとも言える。しかし映画はそうではない。俳優のアップもあれば、ツーショットも、又、公園を空撮するシーンも同様に、ひとつの映画作品の時間軸の中で語られる。そういう意味では、この男たちの台詞は、ただの情けないやさおとこライターと、虚栄心の塊であり変態医師の枠を出ることができなかった。しかし、もし、原作を無視して筆者の感想を導き出すのが狙いだとしたら、これは大当たりだったかも知れない。つまり、映画という土壌においては、この部分ばかりが結果的にクローズアップされてしまった。そして、これをご覧になって「男って女々しい生き物だ」と思った女性諸兄へ。多かれ少なかれそれは正解。所詮、男なんて、そんな非現実的な空想を重ねる生き物である。過大評価は男を付け上がらせるだけで最悪は命取り。(失礼、こんなにいい男ではないが・・・)

役者について少し書くと、ジュード・ロウという俳優は余り好きではないが、今回は可愛そうだった。ジュリア・ロバーツは、「オーシャンズ12」でも書いたが、益々心配である。何か、輝いていた物を失ってしまった様である。「エリンブロコビッチ」の時はオーラはあったのだからそれ以降だと思う。この間の彼女の作品を確認する必要があると思う。GG賞でダブル助演賞に輝いた、ナタリーポートマンとクライブ・オーウェンはいずれもオスカーは逃したが、筆者の鑑賞ではこの二人は明暗を分けた。ナタリーは実に、等身大の女性を見事に演じてみせた。4人の中心人物の中では一番訴える物があった。そして、ラストを彼女に持っていったのも正解だった。この作品は、ナタリーの役を中心に鑑賞すれば間違いは無い。一方でクライブ・オーウェンの演技は残念ながら賞に値するものとは思えない。筆者は女性ではないからその辺りのヒロインの感情は分からないが、どうして最後にああいう結末になるのかが分からなく、多分、その理由の多くは、申し訳ないが、オーウェンの表現力不足によるものだという結論に達した。

タイトル曲は良かったかなぁ。でも、やはりこの曲に一番イメージも演技も合っていたのは、ナタリー・ポートマンが演じたアリスだった。

これもDVDで十分だが、この作品を楽しむには、やはり筆者には英語力なのだと確信してしまった。翻訳でなく、自身の感性で男女の会話を楽しめれば・・・。


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by turtoone | 2005-06-01 21:34 | 映画(か行)
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実はここのところ「スペクタル歴史劇」は当たり・はずれでいうとはずれっぱなしではないだろうか? そもそも、昨年公開された久々の大作「トロイ」を皮切りに、「キング・アーサー」「アレキサンダー」と、このジャンルは次々に作品のクオリティが下がってきている。今改めてこれらの作品群を振り返るとあれだけ「良くない」と思った「トロイ」が一番良いと思うから不思議だ。「グラディエーター」や「ブレイブ・ハート」、さらに言えば「ベン・ハー」等が良すぎたという意見もあるかも知れないが、例えば、先にあげた3作品の何が悪いのという訳では無い。共通して良いと思うのは、美術と音楽である。美術は、「キング・アーサー」が少し劣るものの、その当たりは「撮影効果」でカバーしている。音楽に関しては「アレクサンダー」が抜きんでいる。同様に「トロイ」の美術は「グラディエーター」以上である。そしてこれは「グラディエーター」の功績が大きいが、時代考証や衣装考証にもかなり力が入っていて、新しい「歴史の再発見」を感じさせる。日本でいえば、例えば「赤穂浪士」や「新撰組」が作品化されるときに、その衣装に新しい考えが吹き込まれたり、織豊時代の作品なら「本能寺の変」に新解釈が入ったりするように、この分野も次々と新しい考えが吹き込まれるところは興味が大きい。

その一方で、なぜ、作品の出来が今一なのかというと、やはりトータルバランスが悪いのである。他のジャンルではこのバランスの悪さというのは余り目立たない。なぜなら、こういう歴史大作は美術にしても、衣装・効果・そして何よりその時代設定がすべて日常からすると「特異」だからである。音楽も聞き入ってしまうし、美術なども必要以上に捉われてしまう。そうしている内にストーリーは進んでいるので、見落とした部分が個人個人で欠落してしまうというハンディを背負っている。また、現代の話ではないから、出演人物への感情移入も難しい。その出演人物も多いので、誰に移入するかも迷うところであり、さらに言えば移入する動機付けが必要である。これらを考察すると、「グラディエーター」や「ブレイブ・ハート」の完成度の高さは、主人公の「動機」がはっきりしているところにある。「家族を失った者の復讐劇」という筋を一本通すことで、この時代を超えたテーマに、鑑賞者は目的を失うことが無い、これが大きな点である。

ところで今回は実に期待が大きかった。十字軍の物語であるということ、そしてリドリー・スコット監督であることの2点である。オーリーはまだ若いし、演技力に期待の出来る俳優ではないので(しかし、その割には悪くはなかった)人物への興味と新しい人物解釈は捨てていたが、それだけに、ストーリーに集中することが出来たのも事実である。

そして、このジャンルでは欠かせないお約束の戦闘シーンは、「グラディエーター」以上であった。特に、聖地エルサレムをサラセンが攻めてくるシーンは圧巻である。この映画の歴史的背景を言うと、1187年にエルサレムが陥落するという第2次十字軍遠征の最後の物語である。1187年というと、1185年に源氏が平家を壇ノ浦の戦いで滅ぼしたのであるから、わが国では「やぁやぁやぁ我こそは」とか、敵方の扇に矢を射止めてヤンヤーヤンヤーと喜んでいる時代である。それと同じ頃に地球のはるか西側ではひっきりなしに火の玉が飛んでくる戦争をしていたと思うと、フィクション性が強いと分かっていても驚きだ。その100年後、日本は「元寇」があったが、その際はまだ弓矢で戦っていた鎌倉軍は、「てつはう」(飛んできて弾ける鉄の玉)に驚いていたというのだから、もし、この火の玉の攻撃戦車を所有しているサラセンや十字軍が日本に攻めて来ていたら今の筆者自身が存在していなかっただろうと余計な事を考えてしまった。

また、リドリーが「グラディエーター」で必要に取り組んだ出演人物の内面描写は今回も健在。しかし、前作は主役3人を演出し表現しきれたのに比べ、今回は前述した様に主役級には残念ながら求められないレベルであった。その代わり、脇がしっかり演技してくれた。リーアム・ニーソンであり、ジェレミー・アイアンズであり、さらにはデビット・シューリスである。リドリーの巧みなところは適材適所な人員配置をするところであろう。勿論CGを使わないという姿勢も評価できるが、だからといって素晴らしい戦闘シーンなのではなく、人間ドラマとして人物をひとりひとりを丁寧に描いているところである。この監督は一般的に「エイリアン」や「ブレード・ランナー」のイメージが強いせいか「舞台設定」 や凝った映像を追求する点の評価が高いが、筆者にはそれよりも最近は「マッチスティック・メン」等に見られる様に人物を掘り下げることに秀逸な監督だと思う。それゆえに、オーリーの演技も然程気にならなかったのだ。これはまさに演出の妙である。

ラスト・メッセージは重く受け取らなければいけない。なぜ、十字軍を選んだのか、その中でもこの場面を描いたのか。リドリー監督の真意が最後に分かるからである。

参考までに十字軍関連年表を 


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by turtoone | 2005-05-20 22:39 | 映画(か行)
b0046687_9393758.jpg以前からアメリカ映画界ではひとつの市民権を得ていたドキュメンタリーというジャンルが、マイケル・ムーアなどの活躍もあって、日本にも結構普通に紹介されるようになったのは大きい。本作品は、パラマウント・ムービーの救世主とも言える、ロバート・エヴァンス氏の自伝ドキュメンタリーである。彼ほどの人物なら、こういう作品の作り方よりも、ストーリー性のあるノンフィクション・ドラマに仕上げた方が良かったのではないかと、上映公開中にはわざわざシアターまで行くことを筆者は拒んだ。それは正解で、何も大きなスクリーンで見るほどのものではなかった。今回DVD購入に至ったのは、やはりこの中にある、歴史的資料としての映像に食指を引かれたからであり、その意味で自分の選択は間違っていなかった様だ。

そもそもそのきっかけとなったのは、書籍であって、殆ど立ち読みした(しかも、麹町の販促部で)挙句、社販割引で購入。その日に帰宅するまでには読み終わっていたほど原作は面白かったので、ドラマでもない限りスクリーンを必要とはしなく、32型サイズでもあれば十分だと思った。思ったよりもドラマチックな作りではあったが、ドキュメントの域を脱してなく、また、自分史であるにもかかわらず、やけに一般の論調に忠実な再現と脚本の構築には、もっと自分の主張を出しても良いと思った。しかし、逆に言えば、このあたりに映画人としての拘りと皮肉を感じるのが妙に気持ちよかったりするのは筆者だけではないと思う。こういう人間性をもった人物がある意味で腐敗しているハリウッド映画界のひとりだと思うと、今後の映画界も安心だし、是非、第二、第三のロバート・エヴァンスの登場を期待したい。

余り、多分今後も触れる機会がないと思うので、アリ・マッグローに触れておきたい。彼女を一躍スターダムにのし上げたのが「ある愛の詩」で、この作品秘話に関してが、この映画でも前半の山場になっているので、この部分は映画ファンには必見。是非、お勧めしたい。本作品でも触れているが、「ある愛の詩」は、アリがパラマウントのロバートに持ち込んだ作品である。原作は学生時代の友人のエリック・シーガル。誰もがひとつ上を目指していた部分に運命の出会いがあったのであろう。ただ、ロバートが本作品の冒頭近くで語っているように、「人生に偶然はない。準備が整っているから、めぐり合わせがある」節を述べているがこれは真実である。アメリカン・ドリームの象徴のひとつでもあるハリウッドでの成功は、決して偶然なんかではないという彼の一貫したメッセージは、作品以上に鑑賞者に心強さと戒めを与えてくれる。アリに話を戻すと、彼女は、女優としての出演歴が多くないのに、ロバート・エヴァンス夫人として、更には、スティーヴ・マックィーン夫人としていずれも長くはなかったが、映画界と関わりのあるところにいたために、その存在感は大きかったのかも知れない。筆者は特に彼女に詳しいわけではないが、何か、エンタメ界には珍しく、献身的な女性というイメージがある。

筆者が映画を見始めた頃、雑誌「ロードショウ」に掲載された彼女の写真では、当時、「マックィーン夫人」であった。そう考えると自分の歳も可也気になるから怖い。

GWは自宅でDVD三昧したい人には、息抜きの一本として、レンタルでお薦めしたい。


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by turtoone | 2005-05-01 10:39 | 映画(か行)

コンスタンティン

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当ブログの2005年春夏シネマ期待度ランキングで第2位にランクインさせていたほど期待が大きかったが先週末は忙しなく、また、家内と一緒の鑑賞を予定したので一週遅れであった。この作品、評価が「好き・嫌い」で可也分かれると思う。そしてその基準も「マトリックスと比べて云々・・・」という基準が多いと思う。それだけ、キアヌ・リーヴスあっての「コンスタンティン」という映画作品に仕上がっていた。そして、このあたりの主役の位置付けは「ヴァンヘルシング」のそれにも似ているが、キアヌとジャックマンの存在感の差が、表題作品に至っては物凄く大きい物に感じた。つまり、この数年でキアヌという俳優自体がいつのまにかとてつもなく大きな存在になっていたのである。

「好き・嫌い」で分かれると言ったが、筆者は「相当好き」に分類する。そして、マトリックスと比較(したくないが・・・)して、数段「コンスタンティン」が好きである。その根拠を述べると、マトリックスは、映画の前にすでに物語も、キャラクターも確立されていた。確かに、最初にキアヌと聞いたときに、かなりイメージが違ったが、その不安は第一作めで払拭されたものの、全体にある世界観が優先され、キャラの魅力より、常に舞台となる世界が一体何なのかが優先されてしまった。この点がマトリックス・シリーズの最大の特徴であり、同時にキャラを考えると最大の難点でもあった。

コンスタンティンの原作はご存知のように、アメ・コミの「ヘルブレイザー」であり、これはアメ・コミの常であるが、ひとつの作品には何人ものコミック作家が関与しており、画風やタッチもそれぞれ違う。筆者もこの原版をすべて熟知しているわけではなく、部分的にしかしらないが、それも幸いしたのか、今回この映画作品によって構築されたコンスタンティンの世界観というのが、独特かつ最高のものであるという点が大きい。これは、ティム・バートンの映画「バット・マン」で、それまでの作品とは違う、ゴッサム・シティーという「世界観」を作り上げた点と類似する。その中の住人であり、また、この物語の主役である、「ジョン・コンスタンティン」がイコール、キアヌ・リーヴスという点で、既に、コンスタンティンとキアヌが同軸で見られるところが、今作品がマトリックスより必然的に優位に立った点である。

ストーリーの根幹に流れるものは単純で、エクソシストとしてのコンテタンティンの活躍であるのだから、悪戯に物語を引っ張ることは作品自体を間延びさせる。そこで考え付いたのが、冒頭の導入部との絡みを、「イス」を使ったり、そのイスのシーンのために、ミッドナイトとの関係やその店内、あるいは、後半に繋がる部分の事前説明を前半でほとんど終わらせていた手法による。悪魔払いの数々のアイテム説明の処理も上手かったし、弟子を自称するチャドの関連シーンも、常道だったが、上手く全体の流れに乗せていた。さらにいえば、このプロモーション映像を見た人は多いと思うが、プロモでおなじみのシーンと、本編との関連に、数々の「巧妙」な技を発見した。ある種のサブリミナル効果を狙っているのだろうが、幾つかのシーンで、次にコンスタンティンが下す「方法」を想定できる構成と、カット割を考えたのは見事。プロモ映像で創造したイメージや世界観と、本作品がピッタリ一致したという人がかなり高いパーセンテージで存在すると思う。筆者は、そのものズバリであった。そして、だから余計、次のシーン、そのまた次の世界観に期待が膨らんだ部分が大きかったのである。

そして、ラストの処理も良かった。勿論、事前情報で、エンドロールの後にエピローグがあると聞いていたのも大きかったが、そうでなくても、エピローグの無いラストだったら、消化不良気味で、多分、エンドロールもじっとスクリーンを眺めていたと思う。

筆者はかなり肯定的に好感を持った鑑賞になったが、冒頭にも書いたようにこの作品はそのあたりが大きく分かれる。正直、好感を持っていなかったら、説明がつかないと思えるシーンも、また、無理な設定も幾つかある。そういう意味でこの作品を「良く」みたいのなら、少々の疑問は追いかけないことである。そして、やはり最初はシアターをお勧めする。「ヴァンヘルシング」と同じで、この手の作品は、テレビ画像では、魅力が半減以下になってしまうので・・・。


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by turtoone | 2005-04-23 20:50 | 映画(か行)

コーラス

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正直なところ、この作品を観終わったとき、どうして自分は映画を観るのだろうか。一体何のために、忙しい中に時間とお金を使って、それも、新作なら週に2~3本、旧作もDVDを含めれば、略毎日の様に時間を割いているのだろうかという基本的なことに疑問を持った。勿論、このブログを書いているからではない。これは、学生時代から続けている、いわば習慣なのであろう。だから、違う趣旨で初めたこのブログも、毎日のことであるから「映画ネタ」になってしまったという訳である。

では、何故そんな疑問をこの作品の終了後に、作品の感想よりもそのことを強く感じたかというと、例えば、この作品で言えば、今まで見てきた数々の作品の、どこが何だかは忘れたが、殆どのシーンが何かに当てはまるということである。所詮、映画に限らず、物語のストーリーはそんなに沢山無い。28通りしかないと言った、著述家(誰だったか忘れてしまったが・・・)もいるし、ルーカスも同じようなことを言っている。筆者も、(並列して申し訳ないが)そう思う。特にこの「コーラス」に至っては、残念ながら、物語に関しては至るところにそれを感じた。まず最初の「思い出」から始まるシーン、玄関で立ちすくむ男の子の結末もすぐに見えたし、「池の底」なんていうネーミングからも、又、校長なんていう人の人柄や教育方針、全てが全て、かつて観たあらゆる物の「複合体」でした無い。その中には、名作文学から、三流のお茶の間テレビドラマまで、すべてが網羅されてしまっている。

それだけなら良いのだが、なぜ、この作品がオスカーの外国語作品賞を獲得したのか、しかも、朝一番の回だというのに、シアターが満席なのか、そして、異常なほどに前評判が高かったのか。色々解せないことが多すぎた作品だった。映画を観終わって、悲しいとか、嬉しいとかという「感動」とは違う、「切なさ」を感じたのは、勿論、このストーリーに依るところの物も大きいかもしれないが、それ以上に、冒頭に述べた様に、自身が、何故、映画というものを今までも、そして今後も鑑賞し続けていくだろうという自問自答であったことに他ならない。

悪い事ばかり書いてしまっているが、かといって作品に不満があったわけではないので誤解されないで欲しい。前述のことを払拭すれば、物語は、良く纏っている。但し、余りにも簡単にコーラスを始めてしまうが気になったが、その辺りは「天使にラブソングを2」等も同じように、始めない理由というのを悪戯に引っ張っても仕方ないからだろう。主題は「始める」事にあるのだから。

そして、音楽は素晴らしかった。特に、少年合唱団の歌声は殆ど全編に渡って流れているのが良い。この作品は「音楽」の作品であって、同時に、音楽だけでなく、「池の底」という名の問題児を集めた「寄宿舎」に蔓延る、子供達以上の「社会的人道問題」に主題があるからである。そして、筆者の一番引っかかったところが、この物語は、クリストフ・バラティエ監督の体験を元にしているものの、実話では無いということ。フランスの監督が作ると、何でこんなに奇麗に纏ってしまうのか? ハリウッドだったら、絶対実話で実在の人物がいなければ作らないだろうに、また、邦画だったからもっと暗く、そして、社会派的なスパイスが強くなり、実際もっと酷いバイオレンス・シーンがあっただろうにと思う。先日の「ロング・エンゲージメント」といい、フランス映画は奇麗過ぎる。それだけに、この監督の伝えたかったことというのが、作品の中だけで理解できなかった筆者の不甲斐なさを感じる。「映画病」なのか、ミステリーでもあるましい、最初から犯人探しをするようにエンディングを想定してしまっている自分が恥ずかしいと思う。もう一度、映画という物を純粋に観れるようにならなければいけないことを感じた。結局は自己反省になってしまった・・・。

技術的には斬新な物も、特記する部分もない。(というか、気づかなかった)。前評判は高いが、ジャン=バティスト・モニェを始めとするボーイ・ソプラノは美しいが、だからといって、敢えて、劇場の音響施設で聞くほどのものでもないのは事実。連日混んでいるらしいし、筆者はDVDで十分だったと思っている。

くどい様だが、別に「良くなかった」訳ではないので・・・。


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関連作品「春の凱歌」


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by turtoone | 2005-04-20 22:58 | 映画(か行)
b0046687_035513.jpgレオさまのバイオグラフィーで考えると、この作品は「ギャング・オブ・ニューヨーク」「アビエイター」の間に位置するが、公開された「アビエイター」に出てくる、パンナム社やTWA社と幾つか重複するカテゴリーがあったので、直にDVDをもう一度見直した。そのレビューになる。特に、TWAについては、レオさま演じるパンナムのパイロットに化けたフランクの役が、TWAの旅客機にデッド・ヘッド(無賃乗車)する処が大変可笑しい。この作品のときから既に、「アビエイター」向きに(アビエイターの構想は、8年以上前からあったと言っている)わざわざこのシーンがあったのか、単なる偶然か分からないが、鑑賞者としての勝手な理屈をいえば、この風刺は面白かった。

監督がスビルバーグ。日本での公開は、「G.O.N.Y」と「キャッチ・ミー~」は1ヶ月ぐらいの間隔しか無かったと思う。それもそのはずで、「G.O.N.Y」が制作費も製作日数も莫大に費やしたのにくらべて、「キャッチ~」は何日か忘れたが、大変短い日数で完成したと当時も話題になっていた。この3作品をレオさまの主演作という共通項以外で比較することは出来ないが、演技だけのことをいうと、「キャッチ~」の演技が、一番軽くて好き・嫌いで物をいえば、一番好きである。ディカプリオという俳優を考える時、難しいのは「演技能力」と「演技の好き嫌い」のふたつが一致しないということである。勿論、元々が大変上手い人であるが、やはり、「上手い!」って思う作品は「ギルバート・グレイブ」だったり、「アビエイター」だったりするのだが、「好きだ!」という演技は「タイタニック」であり、この作品である。これは、例えば「仮面の男」を観ればよくその辺りが分かるのだが、ルイ14世役はとにかく「上手い」と思うのだが、決して好きでなく(寧ろ憎々しいほどうまい・・・)、双子の弟・フィリップ役には大変好感が持てる。思わず応援したくなる。こう考えると、この俳優は、やはり2枚目で好感青年を演じている時が、最も絵になる俳優なのだと思う。筆者がよく言う、例えば、レニーやセロンみたいに、本来上手な人が何も、役作りだからといって、太ったり、醜くなったりして欲しくないように、ディカプリオという俳優も、わざわざ「俺はこんなに上手だぞ」とひけらかすような役どころには着いて欲しくないというのが、勝手な解釈と意見である。

作品に戻ると、この作品はレオさま的に考えると、パンナムやTWAのリンクがあるが、トム・ハンクス的にいうと「空港」というキーワードで「ターミナル」にリンクしている。冒頭近い部分で、トム・ハンクス演じるFBI調査官がフランス警察で、自分の名前を中々きちんと発音してもらえないシーンがあるが、まずそこから既に「ターミナル」の「クロコウジア」に繋がるし、この作品は空港でまんまとフランクに巻かれてしまうが、「ターミナル」ではその空港に居住し、誰よりも空港施設に詳しくなっているというところがやはり可笑しい。但し、残念だったのは、この作品ではストーリーがそうであるから仕方ないが、トムとレオさまの絡みが少なかったこと。嫌、逆を言うのであれば、この物語にしては、逆に結構絡みを作ったのかもしれないと思う節が幾つかあった。どちらかというと、内容や人物像(実在の人物)よりも、プロモーション的には、スピルバーグとトムとディカプリオの豪華共演というのが前面に出していたので、そんな脚本のサーピスもあったのではないかと思われる。だから、それほど主役の人物像に注目されなかったにもかかわらず、ディカプリオが16歳の彼を見事に演じたところには高い評価をしたいと思う。

そして、その演技の裏には、クリストファー・ウォーケンとマーチン・シーンというふたりの名優が存在していることも忘れられない。ウォーケンは、それこそ「ディア・ハンター」以降は、余り筆者の記憶に無い。一方のマーチン・シーンは、若い俳優の良さを引き出すことが巧みな逸材である。ディカプリオの作品に関していつも思うことであるが、本当に共演者やスタッフという部分に恵まれている。これも、持って生まれた天分であり才能でもある。

ディカブリオ出演作の中では、テーマ性が重くのしかかってくるものでもなく、また必要に長くもなく、筆者には丁度鑑賞に適当な作品だと思う。


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by turtoone | 2005-03-28 21:43 | 映画(か行)
b0046687_22294910.jpg今週末に「アビエイター」の公開を控えてという訳では無いが、漸くこの作品の順番が巡って来た。色々と書くことが沢山あるのだが、全部書くとこのブログが全て埋まってしまうので、相当割愛・凝縮して書くことにする。この作品の舞台は表題の通りニューヨーク、それも1840~1860年のことである。まず、これでお分かり頂ける様に、同じ、マーチン・スコセッシ作品「エイジ・オブ・イノセンス」よりも、たった10年前のことになる。恐ろしいことに、この10年間でニューヨークという都市は大きな発展と変貌を遂げたのである。人間の力というのは、そういう意味では偉大である。いきなり、ラスト・シーンの解説をして申し訳ないが、ラスト・メッセージに込められた物は、公開当時の全米、特にニューヨークにはかなり辛辣だったであろう。この一連の騒動と、「9.11」を引っ掛けて、再興のエールを送っているのだが、唯でさえ「9.11」の関係で公開も遅れたというエピソードもあり、最後にワールド・トレード・センターを入れるか入れないかで賛否両論が戦った。色々、作品自体以外にも話題が話題を呼び、結果は10部門ノミネートが無冠の惨敗に終わった。先日のオスカーは、その弔い合戦もあったが、どうも、ニューヨーク派のスコセッシは、ハリウッドからは毛嫌いされているようで残念である。

ディカプリオが「タイタニック」以来、大きな変貌を遂げられたのも、この作品と次の「キャッチ・ミー・イフー・ユー・キャン」である。作品としては「G.O.N.Y」の方が好きであるが、レオさまの演技は「キャッチ~」が気に入っている。寧ろ、本作では、いい意味でダニエル・デイ=ルイスに影響され、刺激され、引っ張られている。彼との出会いはレオさまの役者人生の中でも大きな事件だったはずだ。1997年を最後に銀幕から遠ざかり、靴職人になっていた、「映画の職人」デイ=ルイスをスコセッシ監督とふたりで「三顧の礼」を尽くしてこの作品に迎えたのは、レオさま、その人だからである。デイ=ルイスの今回の演技で特徴的だったのは、19世紀半ばのアメリカ・ニューヨークという、史料が乏しい時代の「ギャング」を見事に再現しているところである。彼が演じる、ブッチャーは紳士である。ネイティブ・アメリカンという誇りを持って生きている。確かに手段を選ばないところはあるが、しっかり人の上に立とうとしている。他の人間と違うのは、自身はどう悪く思われようとも、この町を、この国を引っ張っていこうという気概を持って、それを実現している。「ギャング」は本来、そういうものだったという、この役に対しての誇りを強く感じる。そういうメッセージを沢山投げかけることの出来ている演技である。絶句ものである。

その他の出演者も皆、それぞれ実績と「味」のある役者ばかりで、リーアム・ニーソン、ブレンダン・グリーソン、ジム・プロードベント、ジョン・C・ライリー、ゲイリー・ルイスという一流の俳優が一堂に会すというのも、スコセッシ監督ならではである。キャメロン・ディアスも真価を問われた出演となり、強烈な印象はのこらなかったものの、この環境の中で見劣りすることもなく、良く頑張ったと思う。それもそのはずで彼女はドル箱女優ながら、人目も省みずこの作品のオーディションを受けたのだから、その根性も凄い。そしてもこの演技を見る限り、彼女は正当なオーディション合格者ということを立証している。

そして、この作品は素晴らしい「歴史記録」にもなった。当時の文献も数多く紹介されていたり、また当時、ニューヨークに蔓延っていたギャングの「組」と、その名前もたくさん紹介されている。貴重な映像記録になっていることも付け加えたい。

兎に角、筆者にとっては、色々な意味で大絶賛する作品である。


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by turtoone | 2005-03-22 23:19 | 映画(か行)

コラテラル ~新作DVD~

b0046687_21225938.jpg筆者としたことが、何と、この作品に関してのレビューを書いていないことがジェイミー・フォックスがオスカーにノミネートされたときになって初めて判明した。ちょっと新作シネマのレビューとしては時期外れになってしまったり、細かいところで思い出せない箇所もあったので、DVDの発売を待つことにした。確かに、この作品がシアターで公開されていたときは、このブログも別に「映画のプログ」ではなかったしなぁ~。

まず最初に、ジェイミー主演男優賞おめでとう。レオさまファンである筆者だが、結果は尊重する。しかし、やっぱ、ひとこと言わせて欲しいのは、「Ray/レイ」よりも、表題の作品の演技の方がずっと素晴らしいということ。だからRayでノミネートされている方で受賞させたかったというのがホンネ。実はRayを見たときには気が着かなかったのだが、その後、レイ・チャールズの若い頃のビデオ・クリップを集めた音楽DVDが発売され、それを見てつくづく思ったのが、ジェイミーが習得した技術は晩年のレイのパフォーマンスだったということ。レイ・チャールズの音楽DVDの方がずっと若々しい。やはり、「直伝」で無い方が、故人には申し訳ないが、ジェイミーのパフォーマンスが生きたのだと思うと残念。オスカーに連れてきた令嬢は可愛かった。あのお嬢様を見て、もう、ジェイミーにあげちゃええ~と思ったのは、途中から、同じ娘を持つ父の強い願いとなっていた。

そのジェイミーが一番強烈な印象を残した演技が、赤信号を無視して突っ走るシーン。あの「目」の演技といったら、ちょっと凄い業だと。Rayのレビューで指摘したように、ジェイミーの目だけで演技してしまうところは神業であろう。

そして、言うまでも無いがトム。この作品では、「静」の演技を極めている。トム・クルーズという人の作品を見ていつも思うのは、トムの演技レベルというのが作品によって、もっというなら、共演者の演技レベルによって高低することである。例えば「ザ・エージェント」は、「動の演技」の代表作でもあるが、相手がキューバー・グッディングJr.だし、「ア・フュー・グッドメン」では、ジャック・ニコルソンという「高」レベルである。「マイノリティ・リポート」もサマンサ・モートンと絡んでいるところは、やはり演技が凄い。一方で、「バニラ・スカイ」、「ラスト・サムライ」、「MI-2」の演技レベルが上がらないのは、共演者のレベルによってしまうことが顕著である。大変、分かり易い俳優である。しかし、そういう作品には、それぞれ見せ場がある。特に、「一人芝居」的な部分に、その片鱗を見ることかできるので、やはり、トムは素晴らしい俳優だと思う。

作品について一言だけコメントすると、最初のタクシーのシーンを引っ張りすぎたが故に、途中のトムが暗殺するメンバーの属性から、ラストが分かってしまうのが残念だった。だから、筆者的には残り30分は少し退屈で(でも、その分、ふたりの演技がじっくり見れたかなぁ)に、もしかしたら、大ドンデンを期待してみたりしたが・・・。なかった。脚本を見直す必要があったと思うのは、筆者だけでは無いと思うが。

クラブのシーンは最高。ここのところ、歴史劇スペクタルで、やたらと大勢のエキストラを使い、その数を競っている節があるが、少し前に書いた「大逆転」や、「8 Mile」、また本作品の様に、エキストラの「質」を競って貰いたいものである。



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by turtoone | 2005-03-17 22:32 | 映画(か行)

キッド ~My Collection~

b0046687_2181719.jpg単なる筆者の勘違いか、思い込みかもしれないが、「バック・トゥー・ザ・フューチャー」以降、シネマの中の世界では、過去と未来の行き来が随分簡単に演出されるようになったと思う。というか、あの映画を見て感心したのは、タイム・マシーンというものは、勿論、非現実的な物なのだが、それは、それまでもし、ああいう時空移動手段があるとしたら、もっと昔、日本でいえば、たとえば大和朝廷時代とか、「戦国自衛隊」なんていう映画があった様に、戦国時代~織豊時代とか、未来だったら、3500年とか、そういう、大きなタームでの移動を空想していたと思う。あの映画で、なぜか、少しはああいう移動行為が現実に近いと思われたのも、移動距離が短いからという理由がある。勿論、デロリアンというスーパーカーのお化けみたいのが、より、現実味を帯びさせているのも事実。

この「キッド」という作品も、少年期の自分が過去から、自分に合いに来るというのが中々洒落た設定である。現在の自分は、仕事も生活も大変成功し充実していると思うが、それが、過去の幼少の自分、つまり、将来に希望が一杯の少年から見れば、何一つ、想像とは大違い。がっかりさせてしまうと同時に、過去の自分と合うことによって、現在の自分が大切なものを取り戻すという内容は、何と素晴らしい現代的ファンタジーだと思う。勿論。現実にそんなことはありえないのだが、この作品は、日々の生活の中で知らず知らずに、失われて行くものの、怖さとか悲しさを教えてくれる作品である。

子役のスペンサー・ブレスリンという俳優がなんともいえない。というか、本当になにもコメントが出来ない、し辛い子役である。この作品の後、あまり大きな役についていないというのが分かる様な気がする。最初出てきたときは、ブルース・ウィルスの少年時代とは、到底思えない風貌であるからだ。しかし、仕草や演技は中々のもので、ブルースの真似も結構上手であった。

もうひとつ、この作品で気になったのは、退廃しているアメリカの教育である。この子の父は最悪の教育をしている場面がある。それに、母を失った悔しさをバネに彼は成功者の道を歩むものの、父との確執は依然として残るのだが、それを払拭してくれる大事な役柄がもうひとり登場する訳だ。実は、最初からこの作品の主題を追いながら、登場人物の台詞に注意してみていると、後半でその大事な登場人物と、鍵になっている、「飛行機」との関係が全て種明かしできてしまうのである。その辺りのモチーフが、冒頭に書いたように、「バック・トゥー・ザ・フューチャー」以前には、考えられなかった物語であるのだと思う。

作品の完成度云々は抜きにして、現実に疲れたり、何か人生の転換期とか分岐点を感じている人は、DVDを借りてご覧になると良いと思う。



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by turtoone | 2005-03-16 21:42 | 映画(か行)

きみに読む物語

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この作品をネタバレしない用にレビューを書くのは大変難しいが、既に、シアターやテレビ、サイトのストリーミング等で予告が流れているので、その範囲で書いてみようと思う。

この物語にはまず、根底に「障害」というキーワードを見つけることができる。最初は階級という障害、そして戦争等の時代という障害、最後には、痴呆症(今は認知症という名称に統一されている)、という精神的疾患という障害である。これらの障害を愛というパワーを得て乗り越えて行くところが根底に流れている。そして、ラストに関しては筆者の憶測と少しずれていたが、多少無理はあっても、このエンディングはこれで良いと思う。寧ろエンディング前に、「物語の作者」の部分で一捻りあったところが、この原作が全米で話題になった理由に納得するところである。

映像に関して少し述べると、この主役二人が再会する部分があるが、このときのアリーの空色ブルーのドレスが鮮やかだ。筆者はこれぞ「青春」であり、その青春の終焉のために、この場面の作りを重視したという演出の意図を感じた。そしてその印象的なシーンを残しながら、一気にエンディングまで持っていく処も、脚本が見事。そして、ワンクッション置いて、ゆっくりとラストに持っていく、この後半の緩急が、過去に人物の設定は違っても、良くあるタイプの恋愛人間ドラマのありきたりパターンに陥らない、きめ細かく工夫された脚本である。この点は高く評価する。

一方で、筆者的に意外だったのは、館内の女性の方々は、このエンディングに向かう一連の流れに対して、ハンカチ片手に号泣していた方が殆どであったが、筆者も含めて男性(全体の2割程度だったが・・・)は、目頭すら熱くならなかった。筆者は涙腺過多で、同行した家内が恥ずかしくなるほど、よく泣いてしまうのだが、この作品においては男女で泣き所が違うことが分かった。女性は「どれだけ相手に思われている」かによって究極の愛を感じるのであることに対して、男性にとっては、それは当然の行為であり、もし、この男女の設定が逆であったとしても、男の場合「思われてナンボ」では無いから、やはり涙ものの感動にはならないだろうと思う。

老人性痴呆(認知症)患者は、今後、高齢化の進む日本では増加の一途であり、他人事では無い。この作品を見て筆者が強く思ったのは、お年寄りは、よく何度も同じ話を繰り返しいうことに出くわすが、あの行為は、自らの生き様を「確認」しているのだと思う。自分の人生を声に出すことによって復唱し、その存在の主張であると思う。だからそういう場面に遭遇したら嫌がらないで、お年よりの話は何度でも、何度でも聞いてあげなくてはいけないということだ。もし、それすら、できなくなった時には、大変な病気になってしまっているのだから。


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by turtoone | 2005-03-09 17:28 | 映画(か行)