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暫く療養と入院、更に手術をしまして映画ブログは更新を怠っておりました。作品は鑑賞してますので、徐々に復帰させていただきます。今後共、よろしくおねがいします。


by turtoone
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善き人のためのソナタ ~新作DVD~

b0046687_02519.jpgこの作品も今年の早々に鑑賞したのだが、やはりきちんと細部を確認したかった作品。今年はなぜかこのパターンが多く、だからどうしてもレビューが遅れてしまっている。この傾向が暫く続くんのではないかと思う。

東西ドイツ時代というのは、同じ第2次世界大戦敗戦国のその後の境遇として、よく、日本ももしかしたらドイツや朝鮮半島のようにふたつに分断されていたのだということを幼い頃から何度と無く聞いた。それらは複数人によるもので色々な意味があったと思う。例えば、比較的筆者に近い血縁者は、日本は二度と戦争を起こしてはいれないという戒め、つまりは、戦争結果論の悲劇として分断の悲劇を語り、一方で地学的に言うと日本にはフォッサマグナという分断線があり、これは地形上のことだけでなく、古来、そもそもはひとつの大陸の中で違う民族同士の争乱の基となっているし、朝鮮半島は、中国から「半島」とよげれている時代から南北に国土は割れていたという、歴史学的・科学的な見地もあった。今、考えると、そういう色々な意見が平気で言えたこと自体、我が国は幸せだったのだと思う。

この作品に物語に関しては、特に何もコメントの必要が無い。というか、こういう事実があったということ自体はある程度憶測していたものの、やはり実際に行われていたとするとショックな出来事である。こういう作品を観るたびに国家というのは、我々一般市民にとって一体、どういう意味があるのだということを必要以上に考えてしまう。人が集まって国家が出来るのではなく、国家という崇高な理念の下に人が集まってくるのか? そしてその選択の自由は人にあるのか国家にあるのか? 国家とは人民なのか政府なのか? 国家という体制を正そうとするのは善なのか罪なのか? これらを明確に答えることはできないし、明確なものを判断できる術はない。なぜなら、国家も人の集合体であることは紛れもない事実であるからだ。そして、この国家という存在は常に人間を悩ませてきた。そして、英雄を生んだ。間違った英雄も生んだ。人間の歴史が戦いの歴史であるように、しかし、その原点というのは集合体という国家の理念の違いであるところが大きい。その国家の苦悩の部分をふたりの正反対に生きる人物に当用したのがこの作品である。ひとりずつの人間に各々の理念を集約させた描き方が、この映画作品の見事なところである。つまりは、このふたりの人間の尊厳という部分をクローズアップさせることにより、起こっている問題をより明確に表現できたところである。

そして、大事な部分はこの作品を今、こういうタイミングで映像化したことである。戦争責任とは、他国に言われることでなく、その責任むあるべき国が自国から発する言葉である。西ドイツは大戦60年に様々な謝罪を行い、戦後、ドイツが戦争によって学んだことを須らく公表、還元することを努力・約束した。そしてヒトラーについては改めて謝罪しもそしてやはり間違いだったと謝罪した。国家としてだけではなく、民衆も芸術もすべてがそういう結論を出した。だからこそ、この作品にも価値がある。今、この東ベルリンの事件を持ち出しても、統一後のドイツの国民には然程センセーショナルではない。なぜなら、それには元凶があり、しかもそれを乗り越えひとつになり、そして旧東も一緒に60年で謝罪をした。同じ敗戦国としてやはり学ぶ点が多々ある。

1984年の東ドイツは、ポーランドやソ連という東側大国との関係か可也複雑になっていたが、この作品では殆ど取上げられなかった。残念だが、この辺がもっとクローズアップされていたら、もっと高得点をつけられたと思うが、この作品はA作品である。


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by turtoone | 2007-11-06 00:05 | 映画(や行)