暫く療養と入院、更に手術をしまして映画ブログは更新を怠っておりました。作品は鑑賞してますので、徐々に復帰させていただきます。今後共、よろしくおねがいします。


by turtoone
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ただ、君を愛してる ~Trap's Collection~

b0046687_13102524.jpgヒロインの役は宮崎あおいがやっているが、本当はもっともっと子供みたいな想定だったのだと思う。どうみたってあおいちゃんでは髪がぼさぼさで、妙な服を着ていて、また成長ホルモンが足りなかったとしても、そんじょそこらの女子大生よりは可愛い過ぎる。だが、映画作品としてはあおいちゃんに対する気持ちを感情移入出来てしまうから、終盤は涙・涙のオンパレードになれる。そんな作品である。

純愛モノが流行っているが、愛とは純粋な気持ちなのだから、何かと、「純愛」なんて区別をする必要もないと思っている。またならば「偏愛」って言うのが純愛とどう違うのかっていうのも、当事者は兎も角も、人様がとやかく言うことではない。人間誰しも自分が大事であるし、自分が大事だと思わなければいけない。しかしその「自分」を形成していく構成要素の中に、人や物を愛する、大切にするという気持ちがどの程度あるかによって、その人間の度量が違ってくるというものだ。簡単な言葉でいえば「許容力」というのでもあろうか。愛というカテゴリーは、その構成要素のひとつになるものというよりも、もっと純粋な「感情」であるし、要素ではなく、その要素から発せられる結果でもある。だから、「愛」の解釈は人それぞれであるし、経験則が少ない内は、自分の表現の仕方、相手から発せられるメッセージの受け止め方は脆弱であり未熟である。
この作品が、その「純愛」というカテゴリーの中で強調しているのは「滅私な愛」である。そして、どう考えても、ヒロインの感情はそのことで尽きても良いという見方を変えれば「異常な行動」である。つまりは、みの論法で行くと純愛は異常行動を引き起こすということだ。勿論、この「異常」という言葉は悪い意味で使っているのではない(良い意味としても使っていないが)。そして、「愛」を否定するつもりは無いが、「愛」だけでは残念ながら人間は生きられないし、だからと言って愛が悪い訳ではない。「人間力」を高めるために
「愛」は不可欠なものであることは間違いない。

ご存知の様にこの作品は堤幸彦監督作「恋愛寫眞」のアナザーストーリーである。筆者はこの作品を見ていないから終盤の展開は涙オンパレードになったが、この辺りが純愛モノとして再生された効果であると思う。そそう考えると、最近の純愛作品ブームの根源は「泣きたい」というところに帰着するのかもしれない。日常で「泣く」ことが少なくなった、それは日本人のある種の美徳のひとつとして感情を表に出すのは相手に失礼だとされることの慣習とは別に、やはり感動がなくなって来ているのかもしれない。感動とは、43インチ画面の向こう側の特別な人たちが作り上げたものであって、一般の日常にあるものでは無いという勘違いと、感動できない心の貧困の相違ない。しかし、そういう意味では、この作品を「純愛ドラマ」と定義づけるか否かは兎も角、こういう感動は日常の身近なところで有り得る現象なのだということを気づかせてくれるのには大きな効果があると思う。こういう「感動の工夫」は大歓迎である。

宮崎あおいは本当に良い女優である。松嶋菜々子、仲間由紀恵と継承されている清純派女優路線を継ぐのは彼女であることは間違いないし、演技力からみても前述ふたりよりは素質が違うのだから、是非そうなって欲しい。勿論、この作品は、少女漫画のヒーローよりも格好良い、玉木宏の効果も大変大きいのであるが。作品の良し悪しで評価をするのでなく、こういう映画を観るのも良いと思った一本である。


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by turtoone | 2007-05-06 01:02 | 映画(た行)