暫く療養と入院、更に手術をしまして映画ブログは更新を怠っておりました。作品は鑑賞してますので、徐々に復帰させていただきます。今後共、よろしくおねがいします。


by turtoone
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ダ・ヴィンチ・コード

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全世界で6000万部のセールスを誇る大ベストセラーの映画化である。普段はあまり映画化される作品の原作を読む機会に恵まれない筆者ですら、流石にこの作品は読んでいるものの、映画作品化に向いている原作とは全く思えなかった。この原作が映画化されることにより、多くの誹謗、中傷、偏見、批判が色々なところから発せられるのは分かっているし、同時に映画という「視聴覚」での表現は、字間に表現される微妙なニュアンスをも、明解に描写してしまうものだ。だが、一方で大いなる期待としては、ロン・ハワードが監督であること、また、世界のトップスターであるトム・ハンクスと、ヒロインにオドレイ・トトゥを起用したこと。この「エンタメ」度が、原作映画化の不安を一瞬吹き飛ばす大きな要因になってくれたのは間違いない。全世界同時公開を、それもカンヌ映画祭の最中という日取りを選んだことも、多くの思惑が交錯する選定以外に何者でもない。しかも、もしかしたらこれも製作者サイドの狙いだったかもしれないが、カンヌでの近来、稀にみる不評。原作の内容を考えれば当然であり、逆にこのことが、全世界的に「何故だ?」という動員を計れることに大きく繋がることも十二分に考えられる。事実、日本での出足は大変良いらしい。もっとも、日本人の大半は、この原作に対し、前述した偏見や批判の類いとは関係ない「宗教性」の枠におさまっているので、もっと純粋な意味での「映画鑑賞」が出来るのではないかと推測するが。

結論から言えば、まだ原作を読んでいない方は、原作を読むの前にこの作品を先に鑑賞して頂きたい。原作はハードカバーで2冊、文庫本でも厚めの3冊だから、どんなに暇で早く読んでも2日は係ってしまう。だったら先に映画を観て欲しい。筆者の場合は大概、映画が良かった場合に原作で細部を確認することが多いが、この作品に関しては映画化の話以前に読んでいるからそれが適わなかったが結果論として後から読んだ方が、映画も原作もどちらも面白いので、それをお薦めする。

しかし、一方で原作を読んだ後の鑑賞でも、こ映画作品が大変良かったのは、ひとえにロン・ハワードに尽きる。筆者は「ビューティフル・マインド」「シンデレラ・マン」の鑑賞記でも述べたように、兎に角、この監督が撮る映像の美しさにはいつも脱帽する。今回も、ひとつひとつの映像描写が大変美しい。ルーヴルの撮り方であったり、出演者の心境描写、又は謎解き部分の、美術品と最新技術の合成描写に関しては、原作で個々が持ってるイメージをもさらに膨らませてくれる。超一流の美術品を100%忠実に、しかし、一方で己の持つ芸術性をそこに吹き込むことによって映像いう解釈の新しい美術品をこしらえてしまう。ロン・ハワードの素晴らしさはそこにある。同時に、脚本に関しても、必要最小限の要素を残すことによって、不自然でない物語を作り上げた。正直、原作は「ミステリー」であるから(和訳しか読んでないが・・・)文章表現や構成は雑である。文芸作品でないから、出演人物のキャラの構築も甘いし、問題提起の順序も必要に先を急いでいる感は歪めないし、何しろ出演人物が魅力的でない。又、ミステリー小説だと考えても推論の構築が甘い。単に基督教歴史の問題視をしたに過ぎず、タイトルにある「ダ・ヴィンチ」の芸術性は全く無視している。第一この長編をそのまま忠実に映像化すれば、ゆうに4時間に近づいてしまう。そこを150分に纏めたところも手腕である。確かに色々サイドストーリーとして不明な部分(例えば、ソフィーの血縁関係、シラスの入信等々沢山・・・)はあることはあるが、しかし、原作を知らずに映画を最初に観たとしたなら全く問題はなく、寧ろ、逆に何故こんな細かいことまで原作には書かれているのかと物語の構成上は疑問符を投げかけたい部分に変わっていた。そういう意味では映画化されることによって洗練された作品である。ラストへの持って行き方も、原作より映画の方がずっと分かりやすく、しかも、原作の間違いを質す節もあったのにはニンマリした。筆者も同じ様に思っていたからだ。

俳優に関して2つだけ書くと、オドレイに関しては、やはりハリウッドは女優を綺麗に撮ることをもっと勉強してほしい。確かにそういう内容ではないと言われるかもしれないが、オドレイは、本国フランス作品ではもっともっと綺麗に撮ってもらっている。筆者がもし、カンヌでブーイングを発するとしたら、この一点だけである。そしてシラス役のポール・ベタニーは、「ビューティフル・マインド」以来のロン・ハワード作品の出演であるが、実に監督の意図を理解していた。出演者のサイド・ストーリーが削られる中で、多少、このシラス役はパーセンテージとして露出が多かったのは、ロン・ハワードの持つ、基督教と欧州の歴史に対する主張と「自己犠牲」としての批判を描写しているものと受け止めた。「ビューティフル~」では主人公の空想の人物を見事に演じたポールが、今回は、原作にない監督の主張を演じきった辺りの共通性は、映画ファンとしては最大の醍醐味である。

最後に、この映画作品は多分、一般にも評価は高くないと思う。しかし、筆者の評価は特Aまでいかないが高い。理由は簡単で、6000万部売れたかはしらないが、ミッション・スクール育ちで信者ではないが多少研究材料として基督教を理解し、最後の晩餐の12人目をマグダラのマリアだという出発点からの邪推のみを繰り返しつつ展開する何の文学性も持ち得ない原作を、映画という総合芸術によってダヴィンチ美術の高い芸術性と、宗教対立やキリスト伝説を比喩したオブラートに包み込んで世に出した話題性を比べれば、この映画作品の役割りは大変大きく、また、評価の出来る内容に仕上がったからである。

前述したが、先に映画を観て欲しいといったが訂正で、映画で納得した方は、原作を読む時間は勿体無いと、筆者の多少自負できる読書経験と中世基督教研究歴、及び、一ダ・ヴィンチ・ファンとしてご忠告申し上げる。


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by turtoone | 2006-05-21 16:04 | 映画(た行)