暫く療養と入院、更に手術をしまして映画ブログは更新を怠っておりました。作品は鑑賞してますので、徐々に復帰させていただきます。今後共、よろしくおねがいします。


by turtoone
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

ビューティフル・マインド ~My Collection~

b0046687_2344088.jpg映画というフィールドを考えた時、一映画ファンとして考えることは単純で、「映画でしか出来ない事はなんだろう?」という事である。筆者がこの表題作を、もしかしたら他人より高く評価するのはそういう部分なのかも知れない。

ノーベル数学賞受賞のジョン・ナッシュなんていうコアな人物は、恐らく日本人は基より、アメリカ人にだって、そんなにメジャーな人物では無い。同時代に話題になった有名人だったら、例えば、レジー・ジャクソン、ジョー・モンタナ、カール・ルイスという方が圧倒的に認知度が高い筈である。筆者は幸か不幸か、先輩にその道のオーソリティが居たので、彼の理論に関しては、フラクタル理論と同じレベルで教わっていた。数学者とは面白い人種で、彼等は世の中の事の殆どすべては数学で証明できると言い、それだけでなく、その証明に関して、膨大な時間と労力を費やしている。素晴らしいエネルギーだと敬意を表したい。ご苦労な事であるが、数学の「す」の字も知らない筆者には、何処か、次元の違う世界の出来事としか思えないのも事実である。更に言えば、彼の様な稀代の天才が統合失調症となると、まさになんとかは紙一重であり、筆者のような凡人には益々以て不可解だ。しかし、有り難い事にそんな凡人にも偉大な天才のマインドを大変分かりやすく描写し映像化してくれた、ロン・ハワードとブライアン・グレイザーの功績は、特典映像のサブタイトルにもあるように、Beautiful partnerであり、又、Bang-up jobである。

この作品のすごいところは観れば観るほど内容に引き付けられ、より、ナッシュという人を理解でき、更に、この作品を映画化したかった意図が鮮明になってくる点である。考えてみれば、数学というフィールドに立った時の人間社会って、どんななのだろうと考える。例えば、交通渋滞という我々の社会では、ごくごくあたりまえの事象でありながらその理由は難解な問題も、数学という土壌の上ではいとも簡単に証明できたりはしないか?或いは、もっと極端にいえば、我々が全くもって計り知れない概念である「運命」なんていうパラグラフに対してさえも、数学という学問の範疇でいえば、簡単な方程式で解けるのではないか? 数学者ではないが、例えば、血液型とか星占術などという運命めいた類いは数学でいえば、統計・確率という学問の範疇ではないか? 数学という考え方は、目に見えるものにしか本質を見出だそうとしない現代社会からすると、奇怪且つ一番遠いところに位置付けされる学問なのである。であるからして、統合失調症にしても、それは医学的な領域の結論であり、勿論、幻覚という物を証明できる術は人間社会においては「視覚的認識の不可能な物体」なのであり、よく分からないが、数学上は可能なのかも知れない。というような感想を持たせる様に、この作品は「統合失調症」や「幻覚」に対して何の偏見も持っていないのである。それは、本来人間が持ち合わせている「美しい心」というのを全面的に肯定し、この人物に係わっているすべての人間の「美しい心」を表現描写しているからである。この作品の主題は、強い「人間力」であり、同時にそれは「生命力」でもあるということである。例えば、こういう人間力は、人間社会の外に解答を求めて(例えば、フォース等)いることが殆どであったが、歴史物を除いて、この解答を人間社会の内側で、しかも人間という一物体の中に求めた内容というのはごく僅かである。であるからして、この作品は観るたびに感動を、しかも新しい感動と、更には可能性という「人間力」を与えられるのである。

少し薀蓄を書くと、「ナッシュの均衡概念」は1950年に導入され、翌1951年には、「ナッシュの交渉解」を発表した。何れも「ゲームの理論」であり、特に前者は1838年のクルノー概念まで遡り、その応用にしか過ぎない。ゲーム理論はおおむね、二つの広い分野に分けられる。非協力(あるいは戦略的な)ゲーム、そして協力(または結託) ゲーム。ナッシュはすべての協力ゲームはいくつかの非協力ゲームに分解できるはずだと主張している。この立場は「ナッシュ・プログラム」として知られている。非協力ゲームの文献の中では、「標準 (normal)」形ゲーム(静的)と「展開 (extensive)」形ゲーム(動的)を区別することもある。ナッシュの「均衡化」理論は、その後様々な学者に研究されることによってその理論自体が肉付けされ、より完成されていったといえる。

作品の中で、ナッシュは囲碁を「勝てる手を打ったのに負けたのは、このゲームが完全ではないからだ」といっている。これが負け惜しみでなく、本当だとするか否かは、数学者のマインドを理解するよりも難しいが、それよりも、ゲームが完全か不完全かは別として、「負け」という概念を一端は受け入れている。これが天才数学者の大研究に連なる「失敗な成功の母」なのであろう。

ひとつ残念だったのは、この名演技が、ラッセル・クロウのオスカー主演男優賞V2に成らなかったこと。この年、オスカーは彼の演技力より、スキャンダルの多い人間性をオスカーの偉業に相応しくないと判断したのであった。ジョン・ナッシュとは正反対の評価をされた訳であった。


allcinema ONLINEの作品ページ
goo映画の作品ページ


よろしかったら、こちらにご協力を。映画のブログも検索できます。
人気blogランキング
[PR]
by turtoone | 2005-11-28 23:10 | 映画(は行)