電車男
2005年 07月 11日
前述したようにテレビがそもそもの鑑賞のきっかけになったので、原作よりもテレビとの比較になるが、ヒロインの中谷美紀起用で、この作品は半分以上が成功している。「エルメス」と呼ばれるヒロインは、エルメスのペアカップをお礼に贈られたことから名前が付いているが、(この辺りが、ウェッジでないのが不思議なのだが・・・、電車男って本当はフィクションなのではないかって、しかも、ベノアティーを知っている人がエルメスのカップなんて良しとするところがおかしい。真実なら、これが日常の不可思議というものだ)彼女自身が電車クンや「おまいら」にとってはエルメスなのであって、その「エルメス」らしさを存分に演じきってくれた。申し訳ないが、これは伊東美咲には無理で、せいぜいピエール・カルダンくらいではないかと、というか、作品全体を対「電車男」のみならず、観客に対してと考えたとき、このブランドらしい包容力が満ち溢れていた。ブランドは誰にでも平等であるという部分が、「エルメス」であり、中谷である。申し訳ないが、第一回めの最後で男と飲んでいたりするのは、この作品の中では「エルメス」ではない。
次に、映画では、「おまいら」を7人に絞った。実際の人数はその何十倍もいるが、この絞り方で、作品が分かりやすく万人向きになったこと、同時にこの7人の背景を映画なりに描けたところがよかった。7人も、瑛太、国仲涼子、佐々木蔵之助、木村多江など、それぞれの個性をはっきり出せたキャスティングも良かった。電車のホームに立つシーンというのは、如何にも邦画っぽい臭い作りなのだが、この作品に限っては、結構効果的だった。初めて、この段階にあって、電車男とおまいらが対等に向かい合ったという部分を上手く表現したと思う。
それから、この作品では、冒頭以下、時折描かれる「秋葉原」という町をとても魅力的に撮影している。特に、ビルの谷間を走る高架線に電車が通り過ぎるところなどは、意図的に高架線を目で見るより高い位置におくことによって印象づけている。電車クンが持つような「憧憬」とその現実は、こうしている間にも日常であることを強調しているカットとして筆者は受け止めた。同時に今、世界への情報発信としてもっとも注目されているのが「秋葉原」という「特区」である。考えてみれば世界に数多くの都市があるが、日本ほど鉄道網の発展している国はそんなに多くは無い。中でもその筆頭は東京である。だからこの「電車男」という文芸もこの国のこの東京という都市で、しかもアキバという町の文化が無ければ生まれなかった日本という国のオリジナリティーを満載した作品である。そんな秋葉原の迫力ある映像を入れ込んだ点は映画「電車男」の最終的な味付けとなって大変よかった。
いかにも映画らしいラストシーンと、エンド・ロール後のおまけ、それにRANGEのテーマ曲も妙に合っていて良かった。但し、筆者の様にテレビ作に疑問を持たなければシアターでみる必要はない。一方で、中谷の包容力をDVDで感じられるかは疑問。スクリーンの大きさと相俟っていたのは事実なので。
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by turtoone
| 2005-07-11 21:18
| 映画(た行)