暫く療養と入院、更に手術をしまして映画ブログは更新を怠っておりました。作品は鑑賞してますので、徐々に復帰させていただきます。今後共、よろしくおねがいします。


by turtoone
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フォーガットン

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なんでもありっていうのは、この作品に相応しい言葉? 実は、当初余り見る予定もなかったし、観たとしてもレビューにする積りは全くなかったのだが、結構プロガーの皆々様がご覧になっているようだし、実際に筆者も観にいって、いやいやこの作品って何度観ても多分、絶対理解できないだろうっていう感想をもったので、その記念(どんな記念だ・・・?)にここにアップすることにした。

というか、この作品が「有り」だとしたら、映画って本当に何をやってもいいんだなと。その「説明責任」(どこかの国家や企業みたいな)を監督をはじめ作品関係者に伺いたい。筆者は英語には疎いので、あくまでも「日本語訳」に関して指摘させていただくが、「彼ら」とは誰等なのか、「誘拐でなくて拉致」の「拉致」ってなんなのか。結局そういう部分を完結させないとこの作品自体は成り立たない。もし、それをうやむやにしてしまうのであれば、映画という「作り手」と「鑑賞者」の間に最初から了解されている「信頼関係」が成立しないのではないか。それを自身と、製作者たちと、鑑賞者にも警鐘を鳴らしている作品である。確かに、色々作品があっていい。「シックス・センス」だって作品の中で説明しきれなかった部分はたくさんあった。「2001年宇宙の旅」だって全員が全員、キューブリックの主題を理解できたとは思えなく、しかも補足説明のための続編まで制作して更に墓穴を掘っている。だが、この作品と違い、「誰が」「何に」対してという基本の部分はきちんと作品内で定義づけをされている。国家権力の力が及ばない部分は構わない。しかし、それと、「飛ぶ」のと何の関係があるのか? ラストシーン(これで救われてはいるのであるが)がああなるのであれば、何のためのストーリーだったのか? これは本当に「説明責任」を要する。筆者は、これを良しとしてはいけないと思う。

但し、この作品は出演陣で唯一救われた。勿論、ジュリアン・ムーアである。同世代として彼女は「好き・嫌い」というよりも、何か(大女優に失礼だが・・・)級友みたいな感覚である。それと、彼女にはこれまで、「作品選びに失敗なし」という定説がある。ということは、この作品に対する評価は、筆者の方が間違えているのだろうか?それと、ゲイリー・シニーズ。「ミッション・トゥー・マーズ」とか、色々たくさん出演があるものの、作品の中での存在感という観点からすると、「フォレスト・ガンプ」以来で、こんなにこの人を感じたことは長いことなかった。

残念ながら、出演者で救われる映画作品。その代表作になってしまった。因みに監督のジョセフ・ルーベンは、マコーレ・カルキンの「危険な遊び」を撮った人だが、なんで・・・?


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by turtoone | 2005-07-02 08:23 | 映画(は行)