Mr.インクレディブル ~新作DVD~
昨年末の劇場公開作品で、これも鑑賞はしたが、プレビューを書く時間がなかったので、DVD発売に併せた。「スパイダーマン2」のレビューでも書いたように、スーパーヒーロー受難時代ともいうべき昨今の風潮を取り入れて、この作品の発想はさすがに長きに渡り、若年層を中心に作品を作りメッセージを送り続けてきたディズニーだからこそ出来たものだと感服した。今回DVDで細部を見渡すと、更に細かい色々な発見も出来て面白かった。特に、この作品はヒーローの活躍劇でなく、鑑賞者の誰もがわかるような「家族愛」の話である。そして、常に過去の栄光と、実現性の無い夢を追う男親と、現実を直視するが如く、一方で知らず知らずの内に子供たちを枠に嵌め込んだ教育をしてしまう女親の対比が見事に描かれている。つまり。ここに描かれていることは、特別な「スーパーヒーロー」だけの問題ではないということである。確かに、保護プログラムで戸籍から消滅され、全く別人として知らない土地で活きているという特殊な例ではないにしても、人には「若い頃」や「過去」の栄光が輝いているケースが大変多い。スポーツで活躍した、優秀な成績だった、コンクール表彰された、学生時代にちやほやされた。社会に出ても、筆者が経験した様なバブルの時代は、猫も杓子もヤン・エグ気取りで、大バブルな景気をイコール仕事が出来ると勘違いしていた。男なんて物は、所詮、そんな過去の小さな栄光引きずって生きているもので、別にそれが悪いとは思わない。但し、スーパーヒーローの様に、それが大きくなればなるほど、徐々に、他人にはそれが「理解できない部分」に正比例して大きくなっていく。そう、こういう場合に例に挙げて失礼だが、五輪でメダルを取るような選手、大リーガーのエースや4番、史上初の兄弟横綱、ワールドカップの代表選手レベルの人たちの苦悩を我々が計り知れる筈が無い。そして、その最高峰に位置するのが、ボブの様なスーパーヒーローなのだから。彼は自分のためがイコール人助けになるという複雑な方程式を持っているから、更に厄介なのである。スパイダーマンでもそうであったが、スーパーヒーローの職域というのが、以前よりも広くなっているから驚きだ。昔のヒーローは、「国家レベルの物凄く大きな悪」にのみ対応したものであるが、最近は、木に登った猫や、物取りに襲われた人間まで助けなくてはならない。これは現在の警察への風刺も含んでいるのかその辺までは読み取れないが、兎に角多忙であり、能力を発揮できる場所は何処にでもあると思い勝ちだ。そのあたりの作品コンセプトが鑑賞者の正義感と冒険心、更には憧憬と上手く調和したために、この物語はトントン拍子に展開するのである。この辺りはすべて総括して「ディズニーは作品作りが上手い」と思う。ストーリーの構成は「バッドマン・フォーエバー」に似ているが、それを殆ど感じさせないほど、コンセプトが確立されていたと言える。
更に、これはアニメ作品であるが、丁度、同時期に公開された「ポーラー・エキスプレス」と同様、ただアニメとして撮っただけでなく、アニメでなければ表現が不可能だった箇所が多く、必然的にアニメという手法を選んだということである。例えば、主人公のボブやヘレンの体である。特に引退後のボブの肉体は、実写とCGの融合でも作成できるが違和感が残るし、ボブの妻ヘレンの体はもっと厄介だ。勿論、それ以外の部分、飛行戦であったり、母子3人で急造した高速ボートであったり、ダッシュの活躍シーン、そして何よりも舞台となるフィールドが自由であることが、作品の幅をより大きな物にしてくれるという点は、この種の作品の最大の利点である。しかも、顔の表情も良かった。これに関しては賛否両論あったが、あれ以上リアリティな動きになったとしたら、最早、アニメではなくなってしまうし、その良さも失ってしまう。
ピクサーは常に実験し、冒険し、そして成果と成功を収めて来ている。ある意味、現代では、ピクサーの存在自体が、映画ファンにとってはスーパーヒーローなのだと思う。
allcinema ONLINEの作品ページ
goo映画の作品ページ
よろしかったら、こちらにご協力を。映画のブログも検索できます。
人気blogランキング
by turtoone | 2005-06-21 12:19 | 映画(ま行)
















































































































