暫く療養と入院、更に手術をしまして映画ブログは更新を怠っておりました。作品は鑑賞してますので、徐々に復帰させていただきます。今後共、よろしくおねがいします。


by turtoone
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シカゴ ~My Collection~

b0046687_11422860.jpg筆者は音楽評論家ではないし、ましてや多少演奏は出来るものの音楽家ではないので詳しいことは良くわからないが、そもそもミュージカルの発祥って何なのだろう? ネット検索や専門書も読んでみたが今ひとつピンと来ないのが実感である。歌という点ではオペラがあり、舞踊という点では(無論、オペラに舞踊も含まれるが)バレエが上げらる。ただ、音楽芸術の世界というのは、舞台に比べると、女性が舞台に上ることに肝要だったと言える。その伝統を残すものは、わが国の「歌舞伎」くらいになったが、以前は舞台は男性だけのものであったことは周知の通りである。ルイ14世が天才的なバレエダンサー(この言い方も最近だが・・・)だった様にこの時代まで遡るとバレエも男性だけの物であった。

何でこんな話を書いているかというと、最近、ミュージカルが「難解」になって来たと思うからである。ミュージカルというとその代表的作品として、筆者が思い出すのは「サウンド・オブ・ミュージック」であり、「ウエストサイド・ストーリー」である。つまり物語の進行上に「歌曲」があり、演出の基本は、ストーリーの中で観客に印象付けたい部分、または、俳優の心境を誇大に表現したい場合、或いは、大勢の人間が一度に台詞を発する場面(この発想はモーツァルトのオペラに原点があるという専門家もあるが・・・)を意図的に歌曲の使用挿入しているものだと考える。

しかし、昨今のミュージカルというのは、例えば「ムーラン・ルージュ」がそうだったり、この「シカゴ」も物語の進行上というよりも、歌曲のクオリティが高く、寧ろ歌をメーンにしている嫌いかある。簡単にいえば、「歌だけの面白さ」や「歌だけで完結独立」している点を指摘できる。だからというわけではないが、特にこの作品は公開時にシアターで観たときと、後日DVDで何度見直している時と、随分印象や内容に対しての感想の開きが出ているのである。

一例を言うと、この作品におけるリチャード・ギアの役割である。公開時にはこの役柄をわざわざギアにやって貰う必要が感じられなったし、ましてや、レネー(最近、メディアでレネー・ゼルウィガーという表記が多いので、当ブログでもこれからはレニーでになく、レネーにする)とキャサゼタの二人がいずれもオスカー主演・助演女優賞にノミネート(キャサゼタは受賞)されたのに比べ、ギアがされなかったりとかという尾鰭もついていたので余計に感じたのかもしれない。

しかし、DVD版を観て、やはりこの役は彼では無いと作品の魅力が半減してしまうことが良く分かった、特に、なんといっても最後のシーンで二人がマシンガンを持って登場したときの、リチャード・ギアの表現力って、この作品全編を集約・象徴しているスゴイ演技力である。そしてあの顔もそうだが、あれが出来る俳優っていうのは彼しかいないとなると、やはり一番不可欠なキャスティングだったに違いない。これは一例であるが、他にいくつもこういう劇場ではまったく発見出来なかった要素がたくさんある。

前述した様にミュージカルは単純明快な方が良かったのだ、当然「歌」に重きを置けば、物語とは別の「歌のヒストリー」というのは生まれる訳で、例えば、それが「踊り」にも現れて来るようになると、(例えば「コーラス」の様に作品)ミュージカルの可能性も更に拡大してくると考えられる。同時に、新しい実験的土壌としてミュージカルが試験的に使われるという傾向になれば、それは大変面白くも、また興味のあるところでもある。

この作品を見ていて、レネーってどことなくモンローに雰囲気が似ていると思った。是非、マリリン・モンローの作品化をレネーが主役で制作し、レネーは念願のオスカー主演の方も獲得して欲しい・・・と、こんなシナリオを考えてしまった。勿論、「実験的ミュージカル」で。



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by turtoone | 2005-05-19 23:24 | 映画(さ行)