暫く療養と入院、更に手術をしまして映画ブログは更新を怠っておりました。作品は鑑賞してますので、徐々に復帰させていただきます。今後共、よろしくおねがいします。


by turtoone
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誰も守ってくれない

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邦画が今よりもずっときちんと主張をし、一般に問題提起をしていた時代に映画鑑賞に時間を沢山割けたという点で筆者はとても幸せだったのだと思う。所謂、「社会派」というジャンルには、当時、普通に暮らしている日本人にとっては同じ国、同じ国民の中にもこういう考えやこういう主張、こういう人間が存在するのだということを認識する数限られた情報ツールであった。なぜなら、当時テレビというメディアは、報道という部分をより客観的に伝達しようという、良い意味である種の抑止作用が働いていたからであるが、何時の日からか、この国はアメリカと同じ様に、全ての報道に関して、茶の間のワイドショーと同等の扱いをするようになった。思うに、地方局が沢山増えて放送局過多になったこと、ゴールデンやプライムに長い尺で報道番組の枠が設けられたこと、更に、新聞社系キー局報道局が番組制作するのでなく、子会社、系列会社の扱いになり編成局が厳しく内容を考査できないことが要因になったに違いない。そして、大変残念なことは、そういうワイドショー的報道番組が増えるに連れ、映画の題材から骨太な社会派作品が徐々に姿を消し、変わって、サブカルチャー的なアカデミックな内容が現れて来てしまい、そもそもそういう題材を得意としていたテレビのドラマとのガチンコになり、結果、邦画はつまらない物に変化していったという見方も出来るのではないかと思う。

そもそもなんでこんなことを言うかというと、この「誰も守ってくれない」は、折角良い題材を扱っているにも関わらず、結論は愚か、結果的に問題提起にもならなかったという、現在の映画製作に於ける体力と知力の低下を露呈してしまたに過ぎないのである。しかし、よくよく考えるとそれもそのはずであり、体力という部分ではこの作品製作はテレビ関係者の関与が殆どである。だから、「守る」対象は過剰報道のマスコミであるという実際を出したにも関わらず、ではそれが良いのか悪いのかということに関しては何もコメントしていない。しかも、驚くべきことに、その責任はすべて警察にあるという論点の摩り替えを志田未来の台詞によって行っている。また、もうひとつはネット社会に対してである。報道陣の執拗な攻撃からは守れるものの、本当の悪者は姿や実態の見えないネット社会であり、このネット社会から自らを守るということは出来ない。友人ですら信じられないという言い方をしている。果たして本当にそうだろうか。逆に巨大メディアだからこそ、ネットを助長させるも無視することも可能であり、また、ネットが巨大化はしてもメディアとして君臨できるか否かは、新聞やテレビというメディアの力でどうにでもなる。にも関わらず、彼らは自分たちも系列でネット組織を持っている現実は無視して闇サイトばかりをクローズアップし、必要以上にネットをご都合主義として取り上げる。そしてよく考えるとそれは昨今の日常の報道にも通じる部分であり、犯罪の陰には必ずネットが存在するということを取り上げているのと変わらない。これは事件や物事の本質の摩り替えでしかなく、最早メディア系がこんな内容の作品しか作れないと思うと、逆に残念な話だと思わないか。

筆者はよく価値体系の観点で物を語るが、この作品もしかりで、価値体系がマスコミからネットに移ったとでも言うのだろうか。そして、それはマスコミの暴言であり責任転嫁ではないのか。マスコミはもっと襟を但し本来の姿に戻るべきではないのか。いずれにしても歯切れの悪い内容と結末だった。

物語は殺人事件の加害者の家族を守るという内容。だが、この殺人事件に関しての情報が少なくて、鑑賞者には申し訳ないが加害者の家族の気持ちにも、また、映画という特性からかニュースを見る一般の視聴者の立場にも立てなかった。もし、この脚本と演出が志田未来の立場をクローズアップするための仕掛けだとしたら、これは大失敗だった。映画という媒体の素晴らしさは役の誰かに感情移入できること。テレビでは到底出来ない特別な部分である。だが、最低限の情報、例えば、冒頭シーンで加害者宅に乗り込むシーンがあるが、それと志田の学校生活とをクロスフェードさせ音楽をのせて綺麗に描くのではなく、なぜ、長男が容疑者として逮捕されたのかの理由を公開して欲しかった。知識なしでこの重たく大きなテーマを理解しろといっても、結局は、マスコミはしつこいな、ネットは無責任だな、警察は大変だなで終わってしまうのである。いや、もしそこまで思ってくれる鑑賞者がいるとしたら、それは鑑賞者に潜在する正義感とか良心であり、最初からそういう物に依存して、結果、何も結論を出さないというのでは、なんのための作品化だったのだろうか。

唯一の救いは俳優陣の演技にある。佐藤浩市は安定しているから言うことはないが、志田未来、そして松田龍平は今までとは違う、新しい一面を出してくれた。筆者はシニカルな松田優作に縛られて似たような背伸びをしている松田より、この作品の演技の方がずっと良いと評価した。


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by turtoone | 2009-01-25 14:18 | 映画(た行)